被介護者への殺意を理解できる?介護経験は人生観を変化させる

人は誰しも、ニュートラルな状態でこの世に生を受けます。

遺伝が個人の性格に影響を及ぼす可能性も少なからずあるでしょうが、価値観や人生観、平生の意識は経験に依り形成され、また時に移り変わる場合が多いように思われます。

さて超高齢化が盛んに喧伝される日本の社会において、今後、介護経験者の大幅な増加は間違いありません。

ここでふとした疑問が脳裏をよぎります。

介護という経験がどれほど介護者の意識を変えるのだろうか、あるいは変えないのだろうか?

そこで、プラセボ製薬では介護者の意識に関するアンケートを実施しました(調査協力:ボイスノート)。

死と自由に関するアンケート

介護現場では、人生においても格別な価値をもつ「死」と「自由」を否応なく感じます。

死や自由といった言葉が持つ意味は、介護経験があるとないとでは大きく異なる可能性があるはずだと自然に考えられるでしょう。

回答者の属性

アンケート調査は2015年9月1日~30日に実施しました。

全期間中に13,464人の回答を得ると同時に、回答者の属性として介護経験の有無を特定しています。結果は以下の通り。

  • 介護の経験はない:10,906人(81.0%)
  • 現在、身近な方を介護している:786人(5.8%)
  • 過去に身近な方を介護していた:1,124人(8.3%)
  • 現在、職業として介護をしている:370人(2.7%)
  • 過去に職業として介護をしていた:278人(2.1%)

8割以上の方が「介護経験なし」でした。今後の回答は「経験なし」と「それ以外(経験あり)」を別枠で扱い集計しています。介護については「経験なし」の方が「あり」に変化する一方通行の人生経験であると考えるためです。

介護を経験する過程で心境の変化があれば両グループの回答にも目立った変化がみられるはずです。

「早く死んで欲しい」感情への理解

全回答者に訊きました。

在宅で高齢者の介護をしている方が、被介護者(家族)に対して「いなくなってほしい」、「早く死んでほしい」という感情を抱く場合があることは理解できますか?

【回答選択肢】

  1. よく理解できる
  2. どちらかと言えば、理解できる
  3. どちらとも言えない
  4. どちらかと言えば、理解できない
  5. 全く理解できない

経験なし

「どちらかと言えば」という消極的な回答も含め、介護者が被介護者に対して抱く「早く死んで欲しい」という気持ちを理解できると回答した方は2割程度でした。逆に、理解できないと回答したのは6割程度でした。

経験あり

介護経験者の中でも、現在の境遇によって考え方に差があることが分かりました。

現在、家族の介護をされている方では7割以上の方が「理解できる」を選択し、特に「よく理解できる」を選択されている方が半数以上に上ります。

一方、過去に家族の介護をしていた、あるいは介護職(経験者)に関しては、「理解できる」の割合が多いものの、「どちらかと言えば、理解できる」を選択された方が多数(3~5割)を占めていました。

考察

明らかに、介護の経験により「早く死んで欲しい」、「いなくなってほしい」と思う気持ちについての理解・共感が増しているように思われます。

本アンケートでは敢えて訊きませんでしたが、介護を通じて「自分自身が殺意か、殺意に類する感情を抱いたことがあるか?」という経験が結果を左右したのかもしれません。

さらに言えば、「早く死んで欲しい」という感情は現在家族の介護中の方にとっては非常に共感されるものの、要介護者が施設へ移ったり亡くなったりして過ぎてしまえば少し落ち着く可能性があります。

自由の制限することに対する捉え方

全回答者に訊きました。

家族の介護ストレスや負担を軽減させるために、被介護者の自由や要求が制限される場合があることについてどう考えますか?

【回答選択肢】

  1. 全面的に制限されても構わない
  2. 一部が制限されても仕方がない
  3. 無理をしてでも尊重するべき
  4. 制限されてはならない

介護経験のない方の場合、「一部」も含め制限容認派は3~4割程度 。一方、被介護者に対する制限を否定し、自由を尊重される方は6割以上おられます。

介護経験がある場合、この数値はどう変化するでしょうか?

制限容認派はおおむね5~7割 。制限否定派3~5割 。

現在の境遇によって選択割合に幅がありますが、ここでも考え方の大勢は逆転します。介護経験は、制限の否定派から容認派へ転向させる力を有しているようです。

考察

介護経験がない場合、ぼんやりとながら「理想の介護像」や「してもらいたい介護像」があり、それが回答に反映されたのかもしれません。

一方、家族介護の経験や介護職としての経験が「現実の介護像」をありありと想起させているのかもしれません。

介護される側の自由や要求が制限されることも、場合によっては認めざるを得ない。

自由の制限に関しても、死に対する意識と同様、介護経験の有無によって変化が確実にあるようです。特に今まさに介護をされている方にとっては切実な問題となっていることが上記結果より伺えます。

価値観に優劣はない

もちろん、上記の回答結果に「良い」や「悪い」といった分かりやすい基準を設定して非難する意図はありません。

回答していただいた皆様の倫理観や価値観が個々の判断を生み出し、匿名のアンケート回答として反映された結果を実直に見つめようとするだけです。

ここで恐らく確実に言えることは、介護という経験が死生観や人生観を変え得る可能性が大いにあるということでしょう。

転換時のストレスに対処する

殺意とも呼べる「早く死んで欲しい」という感情が、自分の内に起こりうることを受け容れられない場合があります。これまでに培ってきた倫理観が崩れ去る可能性があるためです。

介護という経験がもたらす価値観の転換は、それ自体が少なからずストレスとなり得るものです。

経験者がどう考え方を変えたのか、どのような経緯で思想を変化させたのか。介護未経験者がこれらを事前に知っておくことは、将来的に自らの身に訪れるストレスを軽減する上で非常に有益なことでしょう。

著名人の介護記録本がそれを手助けしてくれるかもしれません。

心理面・心境の変化について事前に全て理解することなど、ましてや未然に防ぐことなど出来やしませんが、経験者の知恵を、経験と失敗を「知っている」と「知らない」とでは、結果は異なってくるでしょう。

高齢者介護の実態に目を向けるのに、早過ぎることはありません