認知症の方の介護ケアを実践するうえで基本となる思想は、「要介護者ご本人を中心とすること」であると言われます。
すなわち、パーソン・センタード・ケア(person centered care)です。
さて、そうしたケアの方法は広く一般に認知され、実践されているのでしょうか?
パーソン・センタード・ケアにまつわるアンケート
上記の疑問に応えるべく、パーソンセンタードケアに関するアンケートを実施しました(調査協力:ボイスノート)。
なお、本調査はインターネット上のアンケートサイト登録者を対象に実施されており、アンケートサイト会員以外、特にインターネットを日常的に使用されていない方のご意見は反映されていないなど回答者にバイアスがかかっていることをご承知おきください。
回答者の属性
さてアンケート調査は2015年7月1日~7月31日に実施しました。
全期間中に14,384人の回答を得ると同時に、回答者の属性として介護経験の有無を特定しています。結果は以下の通り。
- 介護の経験はない:11,580人(80.5%)
- 現在、身近な方を介護している:867人(6.0%)
- 過去に身近な方を介護していた:1314人(9.1%)
- 現在、職業として介護をしている:404人(2.8%)
- 過去に職業として介護をしていた:219人(1.5%)
これまでに同一サイトを通じて実施したアンケート調査同様、8割以上の方が「介護経験なし」でした。
今後の回答は「経験なし」と「それ以外(経験あり)」を別枠で扱い集計しているもの、また「経験あり」を細分化して集計しているものがあります。
介護については「経験なし」の方が「あり」に変化する一方通行の人生経験であると考えられますが、様々な段階と取り組み方の違いがあるためです。介護を経験する過程で心境の変化があれば各グループの回答にも目立った変化がみられると考えれる、はず。
介護する対象との間柄
介護経験のある方に対して、介護経験者ご本人と介護する相手の間柄について尋ねました(n = 3,059人)。
父親・母親がほぼ半数(48.4%)を占め、次いで祖父母が多い(19.2%)結果となりました。
なお、当項目は複数回答としておりますが、集計の都合上単一回答として表記しています。
パーソン・センタード・ケアと嘘と偽薬と
パーソン・センタード・ケアの実践・認知度
全回答者に訊きました。
近年介護現場で重視されるようになった、『パーソン・センタード・ケア』と呼ばれる、「認知症をもつ人を一人の“人”として尊重し、その人の立場に立って考えてケアを行う」という考え方をご存知ですか?
「現在親族の介護をされている方」は「実践中」である割合が一番多く、「過去に親族の介護経験のある方」は(「介護経験のない方」と同様に)「知らない」と答えた割合が一番大きい結果となりました。
このことは、パーソン・センタード・ケアが最近提唱されるようになった新しい概念であることを示しているのかもしれません。
また、介護職(離職者含む)の方は「知っている」けれども「実践している」わけではない結果となっています。
根拠の薄い推測ながら、「実践」に関しては職務上の時間的、人的余裕が必要にもかかわらず、それが慢性的に不足していることが原因かもしれません。
嘘や騙しの許容度
次に、ウソや演技について以下のように尋ねました。パーソン・センタード・ケアにおいては、その人自身が見る精神世界に寄り添う心掛けが求められるためです。
『パーソン・センタード・ケア』を実践する上では、時として「敢えてウソをつくこと」あるいは「適切な演技をすること」が必要な場合があります。
そうしたウソや演技を利用した介護ケアの方法について、どのように考えますか? 最も近いものを選んでください。
【回答選択肢】
- ウソや演技は必要であり、積極的に利用するべき
- 時と場合によっては、ウソや演技を利用してもよい
- ウソや演技は必要だが、上手く実践できない・できるか分からない
- 正直な対応を心掛け、できる限りウソや演技は利用しない方がよい
- ウソや演技でだます行為は、いかなる場合でも認められない
表の左へ行くほどウソや演技の利用に「積極的」であり、右へ行くほど「消極的」な回答となります。
パッと見てわかる通り、介護経験のあり・なしでの対照が際立ちます。介護経験がある場合には「積極的」であり、無い場合には「消極的」であるといえそうです。
偽薬ケアの許容度
次に、ウソや演技との関連で偽薬を使用した介護ケアについて訊きました。
認知症高齢者の増加に伴い、介護者が遭遇する問題として「薬の飲みすぎ」や「薬の飲みたがり」がクローズアップされています。
こうした問題については、副作用の心配が比較的小さい薬の偽物(偽薬)を利用して対処することが奨励されています。
介護する側、される側双方にメリットのある偽薬を用いた介護ケアについて、どのように考えますか? 最も近いものを選んでください。
【回答選択肢】
- 偽薬は必要であり、積極的に利用するべき
- 薬の過剰摂取により健康を損なう可能性がある場合には、偽薬を利用しても良い
- 偽薬は必要だが、上手く利用できない・できるか分からない
- 言葉で説得できるよう努力し、できる限り偽薬は利用しない方がよい
- 偽薬でだます行為は、いかなる場合でも認められない
先程同様、表の左へ行くほどウソや演技の利用に「積極的」であり、右へ行くほど「消極的」な回答となります。
また、偽薬を用いた介護ケアについては介護経験のあり・なしでの対照がより際立っています。やはり介護経験がある場合には「積極的」であり、無い場合には「消極的」であるといえそうです。
ただ、もちろん介護の使用が良いか否か、うまくできるか否か判断の付かない方も一定数おられました。
介護経験の一方通行性
介護の経験は、その他すべての人生上の経験と同じく、一度経験すれば「経験あり」となり「経験なし」に戻ることのできない不可逆性を持っています。
介護経験者が今後も増える一方であることと、上でみられたような介護経験のあり・なしによる回答割合の相違を考えあわせれば、(各個人ごとの違いはありこそすれ)全体として「なし」から「あり」に近づくことになります。
すなわち、「パーソン・センタード・ケアを知っていて、もしくは実践していて、嘘や演技、偽薬を使った介護ケアについて積極的に肯定される方が増える」ことになると予想されます。
現在は介護経験者の割合が2割程度であり、全体で結果をみた場合には8割を占める非経験者の回答に寄せられる傾向が大きいのですが、いつしか逆転するでしょう。
シルバー・デモクラシー
少し話題がそれますが、民主制を敷く現代日本の社会においては多数派の意見が全体の意見となります。今回の表中で言えば非経験者が多数派であり、この層の意見が全体の意見(表の最下部)に非常に近いものとなっています。
これは、昨今問題となっている「シルバー・デモクラシー」すなわち、少子高齢化により高齢者が多数を占めることで高齢者優先の政策ばかりが採られるようになる問題と非常に似通っています。
少子高齢化とは反対に介護経験者は今後も確実に増加することが見込まれますので、何らかの政治的選択が迫られる場面があるならそのタイミングが重要になるかもしれません。
現役介護者の踏み込み
現役で家族の介護をされている方に関しては、嘘や演技を用いた介護について、より「積極的」である傾向が強く見られます。
また、過去に親族の介護をしていた方は、職業として介護を経験されている方と同様、その積極性がすこし緩む気配があります。
介護経験のない方が「消極的」であり、身近な方の介護中にはアクセルを踏み込んで「積極的」になり、過ぎれば少しブレーキがかかる。全体として見ればそんな過程が描けるかもしれません。
おそらく、アクセルを踏み込むと心理的負荷がかかるのではないかと推察します。介護経験が「消極的」な理想が(ストレスを伴いつつ)「積極的」な現実へと移行する過程であるとすれば、「パーソン・センタード・ケア」を事前に知ることはストレス軽減につながるやもしれません。
偽薬利用者は増えています
さて、プラセボ製薬では介護用偽薬「プラセプラス」を販売しており、もちろんその使用についても肯定的に考えています。そうしたバイアスが本記事にあることも申し添えておきます。
薬の飲みたがり・飲み過ぎでお困りの介護者さまがおられましたら、ぜひお試し・ご紹介ください。