脳科学研究者たちにとって、プラセボ効果は格好の研究対象となっています。
プラセボ効果という万人が納得のいく説明が未だできていない現象に関して、科学の言葉で説明付けることが出来れば更なる応用も可能と考えられるためです。
研究成果
2016年7月、『ネイチャー・メディシン(Nature Medicine)』誌上においてプラセボ効果の謎に迫るイスラエルの研究者らによる研究成果が報告されました。
Activation of the reward system boosts innate and adaptive immunity
著者らのインタビューが下記記事(英語)に掲載されています。
Placebos by prescription may work like medicin | ISRAEL21c
研究背景
研究の背景にあったのは、「肯定的な期待感がプラセボ効果の臨床的有用性に貢献する」という過去の研究成果です。
しかし、どうしてそのような期待感が実際に身体に影響を及ぼしうるのか、その脳科学的、神経学的、な経路はよく分かっていません。
著者らは、この現象に関して何らかの脳内作用が関与しているという仮説を検証しました。
具体的な脳内作用として、脳内報酬系(reward system)の働きに注目しています。
報酬系
報酬系と言えば、ドパミンなどの脳内化学物質が関与する快楽中枢、あるいは依存症を引き起こす部位としても注目されています。
論文の著者らは「designer receptors exclusively activated by designer drugs’ (DREADDs) 」を武器に、実験用マウスの報酬系へ働きかけました。
DREADDsは、特殊な薬剤だけに反応する人工の化学物質受容体を、遺伝子伝達ウイルスを使ってマウス脳内の特定箇所のみに発現させる手法のようです。
上記のインタビュー記事には「Using innovative technology(イノベーティブなテクノロジーを利用して=新機軸の技術を利用して)」とありますので、本論文はこの新手法のお披露目の意味合いもあったのかもしれません。
ドパミンなどの生理活性物質を投与すれば報酬系は活性化されますが、その他の脳部位への影響も免れ得ず、原因の特定に困難をきたします。一方DREADDsでは、脳内報酬系(VTA)に対するスイッチのオン・オフを特異的にできるため、原因を特定しやすくなるという訳です。
免疫系への作用解析
実は本研究において、もう一つイノベーティブ・テクノロジーが活用されています。
「CyTOF(サイトフ)」と呼ばれる次世代可視化技術らしいのですが、ちょっとよく分からないので下記記事に丸投げ(素晴らしい記事をありがとうございます)。
『かつてない検査を可能に?「レアメタル」で細胞を40次元で識別 | welq』(2016.12現在、残念ながら:DeNA社が運営するキュレーションサイト「welq」の記事が全て非掲載化されています)
これを使えば、免疫系というシステムに対する平均値的な作用ではなく、個々の免疫細胞レベルでの可視化が可能となるようです。
上記DREADDsによって特異的・強制的に報酬系を活性化されたマウスたちは、これまた強制的に大腸菌(E.coli)による感染(免疫系に対する挑戦)を受けました。
その結果、報酬系を刺激すると自然(先天)免疫、獲得(後天)免疫のいずれにおいても、反応が向上することが示されています。
さらにはこの結果が、少なくとも部分的には、科学的な交感神経の切断によって変化し得ることから、交感神経が作用経路であることを示めすものだと著者らは主張しています。
まとめ
「本研究成果は、報酬系の活性度合いと細菌感染に対する免疫反応の因果関係を確立した」けれど、「当実験はマウスを用いたものであり、直ちにヒトへ適用されるものではない」と著者の一人は語っています。
もしこの事実がヒトにも応用されうるなら、例えば「報酬系を刺激するカジノ型デイサービスに通うお年寄りに、肺炎などの感染症患者が少ない」としたら…カジノ型を規制する条例などは見直さなければなりませんね。
科学技術イノベーションに伴う脳科学の進展は、現在の常識を未来の非常識にする可能性を秘めています。
そのきっかけがプラセボ効果であるとしたら…ふふふ。