「仕事に役立つ数学」はプラセボ効果の理解向上にも役立つか?

プラセボ効果を虚数のアナロジーで語るいくつかの記事を当ブログで掲載していますが、虚数という道具を用いてプラセボ効果という現象を数学的にモデル化することは、本当に可能か?

という疑問が当然出てくるかと思います。

現在のところ、その答えは「わかりません」。可能かもしれないし、不可能かもしれない。

でも、もし仮に可能であるとすれば…。

ご機嫌な仮定

虚数を用いてプラセボ効果を数学的に表現することの可能性についてはさておき、それができると仮定した場合にどうなるかを考えてみれば、このモデル化に(片手間でも)取り組むべき理由が分かります。

と言うのも、虚数には数学や物理学を基礎とする理工学分野において、その正体の曖昧さにも関わらず、極めて有用な概念として利活用されている実績があるためです。

極めて深く精緻な数学的、物理学的成果がまるっとそのまま活かせる可能性があるのではないか?それも、極々自然に。

モデル化できるという楽観的で安直な仮定が、ご機嫌さをもたらす理由がここにあります。

数学は役に立つ

一例として、「渋滞学」を創始された西成活裕教授の著書『とんでもなくおもしろい 仕事に役立つ数学』から虚数に関する記述を拾い上げてみましょう。

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上図の文庫版95ページにおいて、有名な「オイラーの公式」が提示されます。

$$\cos{t} + i\sin{t} = e^{it}$$

ここで問題となるのはもちろん、\(\sin{t}\)の前にあり、$$e$$の肩の上にも載った「\(i\)」、すなわち虚数です。

西成先生はこの場面で細かな説明を諦め、式のイメージを語ります。

私たちの目に見えている世界が実数だとすると、虚数(\(i\))は我々の目に見えない「仏の世界」のようなものです。
仏様からすると、実数も虚数も存在していて、そこですべての調和が保たれています。(中略)
\(i\)を導入すれば、すべてが見える仏の世界に行けるので、sin君とcos君を平等に扱える。「愛(\(i\))が世界に平和をもたらす」というわけです。

フーリエ変換は物理学的な現象を数学的に捉えるための最強の道具の一つですが、この説明の中で「仏様」が出てくるなんてことは前代未聞でしょう。

それでも、世界に関するある種の実相を捉えています。

私たちが住むこの現実世界には私たちの目には見えない事柄も確かにあるのだ、と。そしてその目には見えない「仏の世界」を人間が扱えるようにする手立てこそが「虚数」という概念そのものなのでした。

虚数の応用

『とんでもなくおもしろい 仕事に役立つ数学』には、いくつかの分野で虚数が顔を出します。

波動、熱、振動、回転…。

人間は、虚数なしにこの世界を理解し記述することができないようです。学校では教えてくれない数学や物理学の応用編を気楽に楽しみたい方はぜひ『とんでもなくおもしろい 仕事に役立つ数学』をご一読ください。

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さらなる深みへ

実は『とんでもなくおもしろい 仕事に役立つ数学』において、第1章・第1時限、しょっぱなの授業中にも虚数が登場し、生徒に対する軽いジャブが飛んできます(14ページ、図1-2)。

$$f(z) = \frac{1}{2 \pi i}\oint \frac{f(z’)}{z’-z}\,dz’$$

この後の章で再び取り上げられることはなく、数式の持つイメージとして「穴ぼこが開いていたら、その穴ぼこをとおして見ると全体を見渡せる」と説明されるにとどまります。

この数学的ジャブは数学を現実社会へ活かそうとするなら、その精緻な理解よりもイメージこそが重要であるというメッセージ。数理科学の本質は、数学的(抽象的)な正しさが持つその力を豊かで理解可能なイメージに置き換え現実社会の問題解決に活かすことにあります。

プラセボ効果に対する数理科学的なアプローチもその範疇にあると言えるでしょう。

気になってしまう方へ

とは言え、「イメージが大事だって?しゃらくせぇ!天啓の如く与えられた公式なんざ使えねぇや!」と思われる方もおられるかもしれません。

そんな方には『なるほど虚数―理工系数学入門』をオススメしておきます。こちらは高温超伝導材料研究を専門とする、村上雅人先生の著書。

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本書において、「コーシーの積分表示」と呼ばれる下記の式が証明されます。

$$f(z) = \frac{1}{2 \pi i}\oint \frac{f(z’)}{z’-z}\,dz’$$

ただし、ご注意を。

本書は、「穴ぼこの先に解答(ゴール)を見出す」という類の本ではありません。「全体を見渡そうと穴ぼこを覗いてみたら、深淵に覗き返されていた」ことに気付いてしまう類の書籍になっています。

虚数の物理的な意味とは?、虚数は何を表しうるのか?

深淵がどこまで続いているのか分かりません。永遠に続く闇がそこにあるのやも。

プラセボ効果の理解に向けて

プラセボ効果に関する記述の多くは「思い込みの効果だ」に留まっています。

正直に言えば、「思い込み」という説明は逃げに徹したつまらない言い訳じゃないのかと思われます。

深淵を覗き込む好奇心と、闇に身を沈める勇気を…などと重苦しく考えることなく、数学や数理科学、物理学や理工学の分野で広く深く発展した「虚数」の概念を、その一部でもプラセボ効果の理解向上に応用できればこれほど愉快なことはないのではないでしょうか。

数学的・物理学的成果を取り込みたい放題に取り込める智のバーゲン・セールは、まだ始まったばかりです。

愛とか恋とか…もとい、\(i\)とかコーシーとかに興味がおありの方は、上記のような数学書を紐解いてみれば新たな発見があるかもしれません。