高齢者の薬の飲み忘れ、飲み残しの原因・対策は?

お年寄りの医薬品に関する問題は、プラセボ製薬株式会社の介護用偽薬「プラセプラス」が対象とする薬の飲みすぎ・飲みたがりだけではありません。

と言うかむしろ、薬を飲んでくれない服薬拒否のほか、必要な薬を飲み忘れる怠薬や薬を飲み残してしまう残薬といった問題が多数派かもしれませんね。

怠薬や残薬の問題については社会的にも問題視されており、年間400億円以上がこうした飲まれることの無いクスリに消えているともされています(『飲めずに「残薬」、山積み 高齢者宅、年475億円分か:朝日新聞デジタル』)。

ここでは医療機関で処方された医薬品に関する薬の飲み忘れの問題について、本質的な事柄から考えてみましょう。

決定的かつ最終的な解決策

医薬品を飲み忘れてしまう問題には、既にいくつかの決定的かつ最終的な解決策が提示されています。

ひとつは、「死」です。

多くの問題において死ぬことは根本的で抜本的なソリューションです。怠薬や残薬の問題も死によって強制的に解消されてしまいます。

私たち人間は死を本能的に恐れ考慮外としてしまいがちですが、死を見つめることで生をよりよくするための様々の方策が見えてくることがあります。

卒薬

死を意識すると見えてくる方法の一つが、「卒薬」です。

卒薬という言葉はあまり一般的ではありませんが、医薬品の服用を卒業し、そのことを言祝ぐことに当たります。

私たちはいずれ死んでしまう存在です。

今日死ぬ、というその日まで薬を飲み続けたい・飲ませ続けたいと思いますか?

高血圧や高脂血症、はたまた認知症に対する薬などは全てリスクを顕在化させないための手段にしかすぎません。いずれ最大のリスク要因である死に確実に迎えられるのであれば、生あるどこかの時点で服薬を卒業してしまうことを自然に受け容れることもできるのではないでしょうか?

減薬

もう少し実効力のある方法として、「減薬」が挙げられます。

文字通り服薬量・服薬数を減らしていく減薬は卒薬に向かう道程と捉えることもできるかもしれません。

飲み残しや飲み忘れでお困りの場合は、かかりつけの医師や薬剤師へ薬を減らせないか相談してみましょう。

節薬

減薬と同じような考え方で、節度ある医薬品使用を志す「節薬」という発想も可能でしょうか。

必要以上に多剤を飲んでいるポリファーマシーの問題に対しては、節薬が適切かもしれません。

複雑さが失敗を生む

さて、薬の飲み残し・飲み忘れ防止に取り組むに当たって、どうして上記のような根本的な方法を念頭に置くべきなのでしょうか?

それは、薬の飲み残し・飲み忘れ問題が「正解が一つしかなく、失敗を許さない問題だから」です。

社会的な問題の多くには正解が多数あるか、またはハッキリしないことが多々あるため、失敗はそれほど目立ちません。

しかし、服薬の問題に関しては「ただ一つの正解」と「数多くの不正解」がある非対称の課題です。小学生の算数テストのように失敗がはっきりと際立ってしまいます。

しかも、「数多くの不正解」は管理すべき薬の数が1つ増えるごとに1つ増えていくような相加的なものではなく、1つ増えるごとに10も20も増していくような相乗的な複雑さを有しています。

失敗の選択肢がたくさんあるのに失敗を許さない問題を、うまい説明や事前事後の確認といった対策だけで乗り切れるはずがありません。取り組むべき問題そのものが不適切であるといえるでしょう。

したがって、薬の飲み間違いを無くす良い方法や薬を飲まし忘れさせない方法は薬の数を減らすことが最優先で、できればゼロとして卒薬してしまうことになります。

このことは、服薬管理・服薬介助をする全ての人が念頭に置いておくべきかと思います。

残薬が生まれる時

さて、残薬が生じてしまうのは具体的にどういった時でしょうか?

患者自身の問題

いつもの病院・医院へ出向き、処方箋をもらって薬局で薬を受け取る。こうした1回完結の行動は、多くの方が失敗なく上手にこなすことができます。

しかし、「もらった薬を規定通り飲む」という行動は継続的な日々の心掛けを必要とする、難易度の高い行為になります。失敗の可能性が高い行動だと言えるでしょう。

失敗を認めることは誰にとっても難しいため、次に病院に行ったとき、あるいは複数の病院めぐる時、「しっかり薬を飲んでいる」と自己申告してしまうことも問題を助長します。

飲み残した薬があるのに新たな薬を受け取ってしまえば、簡単に残薬が生じてしまいます。

医師の問題

医師にとっては、「しっかり薬を飲んでいる」人の症状や検査数値が改善していなければ、薬が効いていない・足りなかったと判断し、さらに処方する薬の数を増やしてしまいます。

薬を出さないと「この医者はどうして薬を出さないんだ」と患者うけが悪くなることもあるとか…。

残薬問題を防ぐために考案されたと思しき「お薬手帳」も(薬剤師の仕事・報酬を増やすためではないと信じたい)、薬局に行く際には常に携帯し、提示するという失敗をゆるさない心掛けと行動を求めている点で、制度デザインとしては不備があると言わざるを得ません。

平成24年度より義務化された、薬剤師による残薬の確認と残薬調節も、こうした難易度の高い(失敗を許さない)行為を求める点で、実効性には疑問が残ります。

残薬は生まれるべくして生まれたのかもしれません。

重要だが緊急ではないから、怠薬

次に、怠薬が起こる事例を見てみましょう。

飲み忘れの心理

薬の飲み忘れは、多くの場合お年寄りが問題の対象とされます。

なぜ高齢者は薬を飲み忘れるのでしょうか?

そもそも、薬を飲み忘れるのはご老人に限りません。仕事に追われ外食を常とする社会人や勉学・アルバイトに忙しい学生もクスリを飲み忘れることがよくあります。

家にいる時は規定通りに飲んだとしても外出時には飲み忘れてしまうなど、全年齢・全年代に共通の課題として挙げられるはずですが、たいてい大きな問題にはなりません。

ほとんどの場合、少々飲み忘れたってかまわないから飲み忘れてしまうのでしょう。短期的に見れば、飲むべき薬を一回すっ飛ばしたからって大したことにはなりません。

薬を飲むことの重要性を如何に説きその効用を納得させたところで、そこに緊急性はありませんので意識に上ってこない(慢性的うっかり性になる)ことが問題になります。

このことは、薬物依存症患者の心理を考えればより明確になります。

薬物依存症患者の場合

illustration by いらすとや

薬物に依存している方の場合、日々の時間の大半がその薬物を手に入れ、使用して効果を得るための思考に占拠されることになります。脳内リソースが薬一辺倒に振り向けられてしまうわけで、どうしたって飲み忘れたり飲み残したりするわけがありません。

依存症患者にとって薬物を摂取することは「重要かつ緊急」の問題となるわけで、習慣性や常習性、依存性の研究においてはこうした心理から脱する方法を探っています。

依存症治療の研究と飲み忘れ対策…看護分野では内服忘れとその対策が研究されているようですが、処方薬の服用行動だけでなく、こうした飲み忘れられない人々を研究対象に含めミックスして考えれば、妙案が浮かぶかもしれません。

薬物の種類

睡眠薬や抗不安薬、頭痛薬、胃腸薬、便秘薬など本人にとって不快な状況を脱すると謳われている薬に対しては依存的な態度が出やすく、逆に降圧剤や糖尿病薬については飲んでもその効果が自覚しにくいため、飲み忘れられやすいようです。

緊急性が低い慢性病、生活習慣病の薬については、医薬品による治癒そのものを見直したほうがよさそうです。

卒薬を試みることは、こうした慢性病や生活習慣病との取り組み方をも改めさせてくれるかもしれません。

飲み忘れではなく、敢えて飲まない

実際に薬を飲み忘れた経験のある方は、振り返ってどう自己評価しているのでしょうか?

残薬がある人の意識調査が為されていて、その原因としてもちろん「うっかり」を挙げる人も多かったようですが、「別に飲まなくてもいいと思った」つまり自己判断で服用中止した人もかなりの数に上ったそうです(『残薬の原因は自己判断による服用中止!?|薬キャリPlus+』)。

自分で自分の状態を見極め、敢えて飲まない選択。医療従事者にとっては「服薬コンプライアンスが…」、「服薬アドヒアランスが…」などなど気になる点も多いかもしれませんが、こうした自分で決める、責任をもつ態度自体は歓迎すべきことのように思われます。

あるべき健康観

少しわき道にそれますが、私たち人間にとってあるべき身体観があるとすれば、次のいずれに近いモノでしょうか?

  1. 薬によってリスク管理され生かされる身体
  2. 本来的に治癒力を備えるものの、いつか死ぬ身体

自分の健康に最終的に責任を持つことができるのは、自分自身をおいてほかにありません。

卒薬の試みとは、自己の責任の下に健康を取り戻す過程であると定義づけすることもできるでしょう。

「正しい」の継続を求めることの困難

さて、卒薬や減薬と言っても今すぐスッパリそれを実行することが難しい場合ももちろんあります。

そうした中で「たった一つの正しさ」を求める問題には、どのように取り組めば良いのでしょうか?

社会学的研究

社会科学は怠薬の問題については環境的要因との関連性を見出しつつあります。

要因の一つが、「貧困」です。

貧困とされる方は裕福な人よりも薬を飲み忘れる傾向が高まるようです。

経済的な欠乏を抱える人は金銭問題など様々な重大事項を抱えて生きているため、「重要だが緊急ではない」服薬順守の問題はすっかりすっぽり思考の範疇から外れてしまいやすいようです。

上記の書籍で語られた貧困が生み出す様々な問題の理解・解明の試みは、老後破産が切実な問題としてクローズアップされ出した現代社会においてより重要性が高まるものと思います。

また、日常生活における介護や看護の実践にも示唆を与えてくれます。

処理能力という資源の欠乏

「言われた通りに薬を飲み続けます」という1回きりの約束は、「言われた通りに薬を飲み続ける」という継続的行動と比較しても表現上はそれほど違いがない様に見えますが、実際のところ天と地ほどの差があります。

規定遵守は、失敗を許しません。

「正しい」を行うには、いつだって多大な処理能力(意志力・自制力)を要するというのに。

自ら抱えきれないものは、道具の力を借りて外部化してみましょう。

リマインダーの活用

継続的な意志力を必要とする行為に対して、外からそのきっかけ(リマインダー)を与えるという方法が有効な場合があります。

  • 地域の薬剤師が定期的に高齢者宅を訪問する。
  • 「お薬手帳アプリ」がアラームを鳴らす。
  • アメリカではIoTを活用した「GlowCaps」によって、薬瓶自体で残薬管理する例も

こうしたものを上手く活用すれば「うっかり」の大半は防げるかもしれません。「敢えて飲まない」派の方には効果が薄いかもしれませんが…。

他にも薬剤費を明確にして「損したくない」という感情に訴える方法なども考えられますが、いずれにせよ当事者に正しい心掛けを要請する施策はうまくいきません。

行動心理学など社会科学の知見を総動員して心の底から強く薬を求める薬物中毒者、薬物依存症患者を無理やり作るくらいに本気を出せば可能かもしれませんが、倫理的な問題があり、また本末転倒でもあるためそうした施策を考慮すべきではないでしょう。

服薬補助用具の紹介

残薬・怠薬を防ぐために必要な認知能力を外部化するための道具が様々に開発されています。

デジタル

そうしたものの一つとして、高齢者のニーズに応じた製品が販売されています。

事前に設定したタイミングで、事前に用意した数量のお薬1回分をケースに入れた状態で取り出してくれる介護ロボット。

こういった製品は実地で使ってみることで改善点が見つかり、あらたなロボットの開発へと繋がるはずですので余裕があれば積極的にアーリー・アダプター(初期採用者)として採り入れてみると良いかもしれません。

使用者から供給者・メーカーへのフィードバックはとても大切です。使ってみて使いにくい点があれば、改善してほしいことがあれば、どんどん提案してみると良いと思います。

アナログ

多大な初期投資を必要としないアナログな対応として、お薬カレンダーと電波時計のセットが有力視されています。

お薬カレンダーだけを使っても薬を間違えるときは、すぐ近くの一緒に目に入る場所にデジタル表示の大きめ電波時計を置いておきましょう。

指差し確認ができる状況を上手く作ることができれば、飲み忘れや飲み間違いといった問題を自らの残存能力で対処しようとする意思に寄り添うことができます。

一般的には服薬コンプライアンス(規定順守)を向上させるとされた徐放剤などの処方薬は日付間隔の認識が難しくなった認知症高齢者などの規則的な服薬を逆に難しくしていますが、日付と曜日を「見ればわかる」状態にしておけば、忘れるたびに見ればよいのでほぼストレスフリーな状態を作ることができるはず。

お悩みの方は、こうした服薬管理のアイデアが詰まった便利グッズを採り入れてみてはいかがでしょうか?

プラセボにできる事

プラセボ製薬株式会社として薬の飲み忘れ、飲み残しに関してもプラセボを使った解決策がありはしないかと考えてみましたが…難しいですね。

「薬を出さない医者は悪い医者」と思い込んでいる方には、もったいぶって偽薬を提供するとか…。

偽薬による標準化

また偽薬を敢えて足し一包化することで、「いつも同じ数だけ飲む」「毎回同じ数だけ飲む」という単調性を提供できるかもしれません。

曜日ごと、時間毎に異なるとても複雑な服薬規定に、あえてダミーを紛れ込ませることで平準化してしまおうという訳です。

粉薬は人工甘味料等で調製。

カプセル剤は空のカプセルを利用。

錠剤はもちろん、「プラセプラス」が使えます。

あとは薬をできる限り使わない・飲まないことを目指した健康観に関する情報発信を続けることで、またプラセボ効果の面白さについて述べることで、そもそも薬を必要としないと考える人が増えてくれるよう祈るくらいでしょうか。

なむなむ。