マーケティングという言葉は既に使い古された感がありますが、今もって企業活動の大きなウェイトを占めています。
マーケティングなくして、企業活動の成功なし。
マーケティングの学び方
しかし幾らマーケティングや商品開発の手法や成功事例を読み込んだところで、それを実践できないのであれば意味がないでしょう。
学習のきっかけ
どんな学習においても、これまでにない新しい何かを自分の頭で生み出すプロセスを省くことは出来ません。
- マーケティング・セミナー等の講師をする
- 企業内でマーケティングの勉強会を取り仕切る
- 初めてマーケティング担当を任されてこれから学習を始める
こうした場合には、マーケティング戦略を構築する対象を用意しておくと実りある学習が実現するかもしれません。
理論家が増えた?
検索サイトで「マーケティング」を検索すれば、マーケティングやその周辺情報がそれこそ大量にヒットします。
また大きな本屋さんに行けば棚が丸ごとマーケティング関連の本で埋め尽くされていたりして、眺めているだけで何だかワクワクしてきますね。
- 科学を装った本
- 頓智みたいなタイトルの本
- 成功事例を大量に集めた本
- 有名人らしき異国の名前が記載された本
- ストーリー仕立ての本
- マンガで学べる…
売れる商品という考え方が現代マーケティング的ではなく、よくよく考えてみれば確実に売れるのは本の方であって、真に学ぶべきは「マーケティング関連本のマーケティング戦略」というメタな思考を要するものです。
考えを止めない
ヒトは「考える」と言う本当の労働を避けるためにどんなことでもする、などと言われる通り、ネットで調べたり本を読んだりして理論や知識を蓄えるだけの行動は、実のところほとんど「考える」ことなしにできてしまいます。
マーケティング理論家気取りが異様に増えたのは、マーケティング関連情報の周辺に蠢く猛者たちによるマーケティング戦略の大成功を示しているのかもしれません。
それは、「考える」ことなしに満足を与えるという戦略。
考えることをやめた瞬間、考えることを誰かに委ねた瞬間、知らず知らずあなたの人生はその誰かに委ねられてしまっているのかもしれません。
実践なくして成功なし
マーケティング長者からマーケティング手法について学ぶことの必要性を否定はしませんが、マーケティング学習者は常に実践的な応用を考えていなければなりません。
実践は難しい
「わかる」を「できる」に。
この溝を越えようとする行動を学習に組み込まなければなりません。
それもよいでしょう。学習を仕事に直結させる真面目さは日本の企業風土に合致しているように思われます。
仕事としてマーケティングを学び、それを活かして売り上げ向上の方法を考える。
もし売り上げに結びつかなくても、「真面目に仕事はしたのだ」の言葉に嘘はありません。
目標未達?仕方ないよね…。責任?少なくとも、私だけにあるのではないよ。
Stay hungry, stay foolish.
ハングリーであれ、バカであれ。
かの有名なスティーブ・ジョブズの言葉です。賢しらな理論家であるよりも、批判上等の実践家たれ。
そう言っているようにも思われます。
個人レベルでの取り組みにも言えるでしょうし、企業体として「バカになれる」素地を育んでおくことが重要視される状況が現代の日本にはあります。
もちろんそれは達成すべき理想的な姿として描かれるもので、現実とは程遠いのですが。
仕事から遊びへ
さて自社製品のマーケティング戦略立案を学習の目標とすることの不都合は、「既に学習前から、同じようなことを何度も考えたことがある」点にあります。
保守的な仕事になっている、と言い換えても良いでしょう。
いつもとは違う発想を求めて学習を始めたはずが、いつも通りの思考過程を辿っていつも通りの結論に至る。
理論的知識が先入観を補強することはあれど、創造的破壊を生み出すことはあまりありません。無意識の思考過程を直線的な思考によって変えることはできないからです。
では、どうしたらよいのでしょうか?
遊びの要素を採り入れて
カウンセリングなどで用いられるメタフォリカル(暗喩的)な手法を用いるのはいかがでしょう。
学習に遊びの要素を採り入れ、遊びの中で発想を転換する。
凄腕のカウンセラーは、クライアントに気付かれることなく遊び(逸話、暗喩)の世界で現実の悩みを解消する示唆を与えると言われています。
暗喩やフィクションを採り入れた遊びの効用は思考の道筋に変化を与えてくれる点にあります。
我々が住まう世界の常識にとらわれることなく想像力の翼を広げることができれば、これまでにない発想をもたらしてくれるでしょう。
あなたがマーケティング・セミナー等の講師をしたり企業内でマーケティングの勉強会を取り仕切るのなら、ぜひ遊べる目標を講座や学習に採り入れてみてください。
プラセボが格好の題材に?
プラセボあるいは偽薬は、有効成分を含まない、ただクスリの形をしたものです。健康食品によくある効く成分を含んでいないため、商品そのものの力を援用して売り出すことは出来ません。
プラセボを売るために
このことは「売れる商品だから売れる」という発想をさせないために、別のことを考えさせる格好の契機となります。
プラセボを売るための戦略とは、どのようなものか?
シベリアでエスキモーに氷を売る、ドリルを売るために穴を売る。そんな聞きかじりのマーケティング理論を実践する良い機会となるでしょう。
これまでに学んだ知識を総動員し、さらに柔軟に頭を働かせて考えなければなりません。
そこには、実りある実践的学習が立ち現われるはず。
新たな発想を自らの思考で得るという経験は、自社製品のマーケティング戦略立案にきっと役立ちます。
プラセボは、遊びの題材にもってこいなのです。レクリエーションとして楽しみましょう。
発想のタネ
とはいっても、新規な発想なんて全然思い浮かばない?そんな時はプラセボ効果を期待して、プラセボを一粒…。
「頭を柔軟にする」という肯定的な言辞は、実際のところ具体性のない空虚な言葉でしかありません。
「頭をかっちかちに固めよう!」そう思って実践している人など皆無なのに、頭が堅いままの人が大多数なのが良い証拠でしょう。
実際に「頭を柔軟にする」ことなどできないのです。
普段とは違う行動を通して、いつもと違った刺激を脳に与えてやることでしか新たな発想の源泉を掘り当てることはできません。
日常の動作や習慣にプラセボ服用が無い方にとっては、発想を切り替え得る新規で珍奇な行為としてひとつ、良い提案ができるでしょう。
本当の仕事をしたいなら
マーケティング戦略立案に関して注意したいのは、「競争」をしている限り、明確な目標達成は難しいということです。
競争を避けよう
そうした自らを競争の場に置く議論は、関わる人全てを疲弊させてしまいます。それが戦争の比喩によって語られる場合にはなおさら。
もしあなたが戦略や戦術を得意気に語ることに満足しているなら、ピーター・ティールの著書を一度読んでみるべきです。
本当の仕事をしたいと願うあなたが目指すべきは、“競争に勝つこと”ではありません。
“競争をしないこと”です。
上記の著書が、そうした考えを深める大きな一歩となることは間違いありません。
先駆者たれ
競争をしないよう心掛けることは、日本国内において今後ますます重要になってきます。
フリーランスという働き方が増え、正社員と非正規職員の差別が撤廃され、副業が一般化する世の中で、競争により生き残れるのはごくごく一部となっていしまいます。
他社の誰かが開発した新規商品をマネする後追い戦法だけでは、どうにもやっていくことができません。
柔軟な思考で、新規の商品やサービスを開発するしか、道は残されていません。
発想のタネをどこに見出すかは個人の自由ですが、「ゼロ」や「無」にそれを見出すという新規で珍奇で怪奇な取り組みが、それゆえに有意であるという可能性もあるのではないでしょうか。
プラセボの活用が、皆様の事業展開、人生設計に役立つことがあればこれ以上嬉しいことはありません。