医科学におけるプラセボ効果は『おーいでてこーい』の穴

星新一さんの『おーいでてこーい』は優れたショートショート物語として、また環境破壊の拡大を予見した作品としてとても有名なので多くの人があらすじくらいは知っているのではないでしょうか?

Wikipediaから引用してみましょう。

おーい でてこーい(1958年)
ある日突然出来た深い底なしの穴に、生産することだけ考えていて、その後始末は誰も考えていなかった人間たちは、これ幸いとばかりに都会のゴミや工場の排水や放射性廃棄物など、物を生産することで発生した不用なものをどんどん捨てていく(公害、生態系の破壊、大量消費社会)

『星新一 – Wikipedia』

まだ読んだことの無い方は、是非ご一読を。

それは、環境問題だけでなく

『おーいでてこーい』で語られる「不要なものを排除する」という考え方は、なにも目に見えて手に取ることのできるモノの世界だけに限定されません。

実は、目に見えず、手に取ることもできないコト的世界において、それこそ目に見えぬ形で「不要なものを排除する」という考え方や行動が実行されています。

プラセボ効果とは?

例えば、プラセボ効果。

「思い込みの効果」と単純に説明されることもあるプラセボ効果ですが、「思い込みの効果」という説明は、説明のための説明に過ぎず、何かを分かったふりをするための方便に過ぎません。

そもそも「プラセボ効果」は、科学では説明のつかない治癒現象の原因を説明するために創られた便宜的な言葉です。 

したがって、「思い込みの効果」をはじめとする「プラセボ効果」のいかなる言い換えも、「(科学的に)わからない、原因不明」と認めたくないがための言い訳でしかありません。

「とりあえず、思い込みってことにしとこうぜ?」みたいな。

プラセボ効果と穴との関係

さて、『おーいでてこーい』の穴とプラセボ効果にはどういった関係があるのでしょうか?

その関係は、実に単純明快。

プラセボ効果 = 穴

より明確に言えば、プラセボ効果とは、科学的説明が難しい治癒現象を科学的に説明できているように見せかけるための深い穴です。

穴的解決策

現代の医学や科学は、人体を機械的に操作・説明可能なものだとみなしたい、と考えています。

医学や科学の進歩の過程において、操作・説明可能であると思われない部分に対しては「不要なものとして排除する」という考え方で対処してきました。

なぜ偽薬に効果があるのか?

まだ誰も、この問いに答えることは出来ません。

そうした問いは「プラセボ効果」という穴に放り込まれ、説明的に説明されることとなります。

「それって、プラセボ効果よね」と。

「プラセボ効果」という言葉がなければ、「う~ん、わかんないね…」と否定的に説明されていた現象は、あたかも科学の衣をまとって肯定的に説明がなされたかのように見えてしまいます。

全ての不要物を穴に放り込んでしまえば環境問題は解決したかに見えたように。

捨てる神あれば拾う神あり

人は「わからない」という不確定な状況を本能的に嫌います。

「わからない」ままで置いておくよりは、「プラセボ効果」や「神がかり」や「奇跡」や「妖怪」といった、取り敢えずの納得をもたらしてくれる穴を見つけてポイポイと放り込んでしまうことを好むようです。

一旦そうした穴に放り込まれ、捨てられたコトも、やはりモノと同じようにいつかは上空から降りかかってくるのかもしれません。

あるいは、既に降りかかっているのかも…。

「わからない」を分からないまま利用する

「わからない」は利用価値のないものとして、あるいは権威を脅かすものとして穴に放り込まれてきました。

「わからない」から、「科学的に説明できない」から、表には出さず隠してしまえ…そんな風に。

しかし、「わからない」を分からないままに利用してみること、科学的、理論的、あるいは論理的に説明はできないけれども人生に活かすことは可能ではないかと思います。

科学的ではない物事、常識的ではない物事、論理的ではない物事。

そうした物事たちにしかできないこともあるのではないかと、プラセボ効果について考えてみるたびに思います。