『ファルマゲドン』が示す医療、創薬の現在と未来

英国の精神科医デイヴィッド・ヒーリーの著書『ファルマゲドン』

医薬、製薬企業を意味するファーマ(phrma)と、日本では1990年代末に「ノストラダムスの大予言」なる妄言が話題となった、世紀の終末における戦争を意味するアルマゲドン((h)armageddon)を組み合わせた造語を題とするこの著書において、ヒーリー医師は医療の現状を批判します。

患者を診ず、その訴えを聞き流し、各種測定機器による検査を実施し、検査結果の数値と診療ガイドインに従って医薬品を配る。医薬品の効果については科学的エビデンスがそれを保証するので、実際に投与した際の起こる事とは別に“効くはずだから効くはずだ”と念じる。

こうした医療の現状を、特にアメリカ国内で生み出した歴史的背景を辿りつつ批判し、改善の必要性を説く『ファルマゲドン』は一読の価値があります。

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製薬企業のしたいこと

批判の詳細については本書をご参照いただくとして、『ファルマゲドン』をもたらすものとして批判の矛先を向けられている製薬企業に目を向けてみたいと思います。

ビッグ・ファーマ、グローバル製薬企業と呼ばれる彼らは、何をしたいのか?

地球上で最も利益率の高い稼業

『ファルマゲドン』において、世界規模で事業を営むグローバル製薬企業は“地球上で最も利益率の高い”企業と説明されます。

「ブロックバスター薬」と呼ばれる薬によって達成される高利益率。ブロックバスター薬を俗っぽく言えば「めっちゃ売れてる薬」のことであり、年間でおよそ1,000億円の売り上げが一つの目安とされます。

ここでは「めっちゃ効くクスリ」でないことに注意が必要とされます。めっちゃ効く、すなわち疾患を完治させてしまう薬は(もしそれが存在すればと言う話ではありますが)、めっちゃ売れることがありません。治ってしまうと、それを使ってくれる医師と患者がいなくなるからです。

したがって、めっちゃ売れるけれども疾患そのものを治癒しない医薬品、症状ではなく何らかの測定値を改善すると謳う薬でなければ「ブロックバスター薬」となることは出来ません。

「ブロックバスター薬」を創出する科学

ブロックバスターは、売れなければなりません。ただし、積極的に効くことなしに、それでいて効くように医師と患者に信じ込ませることで。

その鍵を握っているのがエビデンスと称される科学的論拠ですが、現在ではこの科学を歪める画期的手法が発明・洗練され、何もないところに効果を生みだし、有害事象の発生を隠蔽することが可能となっているようです。

手法の実態は製薬企業に就職し、偉くなることで学ぶ機会を与えられるかもしれません。マーケティングの一環として。

利益と科学と?

利益を追求する経営の先にあるものは何でしょうか?経済的な支配?

なぜ「もっと売る」というシンプルな目的の為に、敢えて科学を振り捨てる選択をするのだろう?

製薬企業のウェブサイトを参考にすれば、その目的は「より健康な世界を、より優れた医薬品で」とか「心身ともに健康で、生きる喜びを」ということになろうかと思います。

ならば利益を追い求める真摯な姿勢、また科学的であると見せかけるために敢えて科学の根幹を歪める(データを操作・隠蔽する)ことをも厭わない頑強な意志をこの目的に照らし合わせるなら、答えは一つしかありません。

すべては健康のためである、と。

倫理と科学と人体実験

現代では、戦争のような状態でなければ誰にも大っぴらに人体実験を行う権利がありません。社会と倫理がそれを許さないためです。

科学と倫理の相反は、いつまでたっても決着することがありません。

それでも、製薬企業はその高潔な目的を達成しなければなりません。存在意義にかけて。

倫理を超えるため

真に健康に資するか否かを合理的に判定する統計的科学以外の手法を、人類は未だ創造できていません。しかし、統計科学による判定には大掛かりな人体実験を要します。

科学的行為が倫理的に、あるいは倫理を抑えて実施されるには、その行為によって起こりうる結果が正しいか、少なくとも社会的利益になることを事前に科学的に証明できなければなりません。

ニワトリとタマゴのパラドクスを超越する必要があります。

製薬企業はこの矛盾を超える秘儀を開発しました。カネがもたらす政治的パワーと、小規模な人体実験における恣意的なデータ操作によって。

人体実験のコスト

人体実験には様々なコストがかかりますが、最も大きいのは実施者側の心理的ストレスに対応するコストかもしれません。誰もが悪意を持って悪になれるわけではないので、善意に基づく善なる行為として人体実験を正当化しなければならないからです。

医師は「患者のために」、医薬品を投与する。

患者は「疾患が治ることを期待して」、医薬品を服用する。

製薬会社は「健康とは何かを明らかにするために」、医薬品を提供する。

製薬会社はそもそも健康に資することを目的としていますので何らかの翻意を必要としませんが、医師はその行為が「患者のために」なると信じ、患者は「疾患が治ることを期待して」医薬品を服用するよう仕向けなければなりません。

正しいか間違いか分かっていないものに対して正しいとレッテルを張る必要。必要が要請する、高利益と非科学性。

治験なんてちゃちな人体実験で明らかにすることのできない人体の神秘を、世界規模で実験を実施することで真に明らかにする。

人々の健康への貢献を目的とする製薬企業は、真の科学が倫理によって阻害されることを憂い、敢えて『ファルマゲドン』的状況を社会的に生み出すよう鋭意努力したのかもしれません。

その努力は今、明らかな達成と世界規模での成功を見せています。

科学の限界

ただ問題として、現状では(利益追求のため)単剤投与よりも多剤投与が広く実施され、多剤投与によって人体に害が及ぶことが判明したとしても、関係性が複雑すぎて何らかの因果関係を明らかにすることは難しいことが挙げられます。

倫理と科学ではなく、利益と科学もどこかで相反してしまうでしょう。これでは真に健康に貢献することができません。多剤投与がもたらす死による人口調整・人口統制が、一部の人間を犠牲にすることで全体としての健康に資すると判断したのでなければ。

また「健康」という概念があいまいであり、「人はいずれ死ぬ」という不可避の前提から逃れようとするあらゆる健康志向的試みが失敗に終わることも問題でしょう。

サッカーがゲームとして面白いのはルールが明確だからであり、ゴールポストが動いたり、試合時間を設定しなければゲームとしては全然面白みに欠けるはず。

製薬企業が向かう先

『ファルマゲドン』の著者ヒーリー氏は、上記とは全く違う構想を持っています。製薬企業と社会と医師と患者に変革を求めています。

現実的で具体的なその処方は、是非本書を手に取りお確かめください。

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合理的な神秘主義

科学的真実とされるものを含む全ての正しさが相対化されうるこの世界で、信じられることはないのでしょうか?

そんなことはありません。

何を信じたっていいのがこの世界ですから、信じたいものを信じればよいのです。

こと「健康」に関してプラセボ製薬がオススメするのは、あなた自身を、あなたの身体の感覚を信じてみることです。なんてったって、しっかりと(いくらか不満はあるかもしれませんが)生きているそのカラダを、そこに宿る神秘的な力を信じてみることです。

プラセボ効果について考えてみることが、その一助になるかもしれません。

気になる言葉

忘備録として、『ファルマゲドン』の気になった言葉を挙げておきます。

「医師の真の仕事は、医療センターや研究所や病院のベッドにまつわるものではない。テクニックは、医療における存在意義はあっても、医療ではない。医療行為に欠かすことのできない部分とは、診察室や病室という親密な場所で、病気を抱えた人、あるいは病気だと思っている人が、信頼している医師の助言を求める機会のことだ。これは相談(コンサルテーション)であり、医療の他のあらゆることは、この相談から派生する」

(291-292ページ、ジェームス・スペンス『The Purpose and Practice of Medicine』(1960)より引用)

相談以上のこと(「治療」という名のテクニカルな介入)を常に求めるのは、医師?患者?製薬企業?

しかし、薬物治療に起因する可能性のある問題に関するデータを無視することは、適正で信頼できる医療ケアの提供を妨げることに加え、新薬を開発する私たちの能力を潰すことでもある。昔もいまも、ある症状について処方された一種類の薬が何か別の作用をもたらしている状況を観察することこそが、新薬創薬につながる発見のもっとも豊かな源泉だ。学術誌が個々の症例の予期せぬ結果に関する報告の採用をしぶるようになり、「有害な」事象を報告する可能性が枯渇するにつれ、そして企業が医薬品のビジネスプランに沿わない作用を隠すようになるにつれ、医薬品の発見もほとんど生じなくなったのは、おそらく偶然ではないだろう。

(381-382ページ)

倫理的な問題はともかくとしても、せっかくの機会をみすみす擲つこの感覚は、健康に貢献するという企業目的からはどうにも説明をつけることができません。