手塚治虫『火の鳥』に見る古代・中世・未来の医療観と現代の診断技術

「マンガの神様」と呼ばれた漫画家・手塚治虫先生。

Wikipediaの「手塚治虫」項によれば、大阪帝国大学附属医学専門部を卒業、医師免許取得。のちに医学博士。とあり、医学的知識に秀でたマンガ家さんでした。

その知識はモグリの天才医師を描く『ブラック・ジャック』だけでなく、手塚先生のライフワークともなっていた『火の鳥』にも遺憾なく発揮されています。

『火の鳥』

『火の鳥』は手塚治虫先生が描く一大歴史絵巻。

「火の鳥」と呼ばれる不死鳥と、人間と宇宙人と未来人と妖怪のあれやこれやを過去から未来、また未来から過去へと描く作品です。

「火の鳥」はその血を飲めば永遠の命が得られるとされ、人間の欲望の対象となりますが、宇宙と世界を渡る仮寓として鳥の姿を纏っているに過ぎない超生命体なのでスルリかわされ…。

古代の医療

ある場面では、『火の鳥』の舞台が日本の古代におかれます(日本史実に題材を求めたストーリー展開は『火の鳥』の特徴の1つ)。

病人に対して動物の骨や怪しげなものを捧げることで治癒を願う、まじない式医療。そんなんじゃだめだ!と薬草等を用いた伝承医薬式療法。

また、権力者の仕事は祭祀をつかさどる事に加え、病者の治療が日常的にはより重視されます。

「治せる人」が霊的なパワーを持つ「偉い人」。そんな時代が描かれます。

火の鳥パワー

また、傷ついた人間や妖怪を癒すスピリチュアルなパワーを持つ道具として「火の鳥の羽」が使用される場面も。

ここでも「治せる人(=羽を持つ人)」は次第に神格化され、どんどん偉い人だと見做されるようになり、そのことがまた治療における神秘的パワーの源泉となり、かつ裏打ちとなり、ポジティブフィードバックが働いて権力が確立します。

プラセボ効果的視点で見れば、「権威」の介在が実際に治癒効果を現せしめたのではないかと、そんな風に解釈ができるかもしれません。

未来の医療

翻って未来世界において、医療はどのような姿を見せているのでしょうか?

未来では(宇宙人の能力も一部描かれますが)、科学による不死への近接が見られます。科学こそが目的を達する(ほぼ)唯一の手段であると。

人体冷凍延命装置が開発され、生細胞からのクローン人間作製技術が研究され、死にかけの身体をサイボーグ化(機械化)によって復活させる。そんな世界。

ただ、火の鳥も死んだわけではありません。

火の鳥は見続ける者として存在しています。たまに人間にちょっかいを出したりします。暇なのかもしれない。

現代を未来視点で見てみたら

『火の鳥』はけっこうな大部で単行本によってはストーリーが修正されていたりと幾つかのバージョンがあるそうで。

統一的な解説をご覧いただきたい場合はWikipediaにて

さて現代の医療について、特に画像診断技術の発達について、『火の鳥』との絡みで少し。

明らかな病変をみたい

病気の原因を探りたい。病巣部の変化を観察したい。という欲求は科学的医療が発達するにつれ増しに増しています。

かつては皮膚を切って実際に光を当てて目で見るという直接的な観察しかできなかったものが、いまではX線CTやMRI(核磁気共鳴画像法)によって非破壊的に、非侵襲的に体内の観察ができるようになりました。

そうした観察データの蓄積からは病因と思われる箇所の発見ができるようになり、またデータに従って今後の治療方針を定めることができるなど、画像診断技術は使える道具として医療に大いに役立っています。

明らかな病変を認めない

ただ、自覚的な不調があって大掛かりな画像診断機器を使い検査したにもかかわらず、原因がよくわからないままであったとされる場合もままあります。

そうした場合には器質的な変化を認めない非特異的な(=原因不明の、説明がつかない)訴えとして、気休め程度の治療が施されるか、しばらく様子を見るだけになることも。

現在の画像診断技術は発展途上にありますが、原理的な限界があるため「どうしたってこれ以上細かく見る・価値ある診断を下すのはムリ!」という地点にいつか到達するのではないかと思われます。

既に完成していた画像診断法:卦

実は、かつて東洋世界には確立された画像診断法が存在していました(西洋にもあると思われますが、『火の鳥』との絡みから東洋限定)。

卦(け)です。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の卦ですね。

手塚治虫先生の『火の鳥』(太陽編)で描かれた占い師兼医療者のオババが大いに利用しています。

オババは卦を使って主人公の将来を占います。

吉凶についての判断は卦に頼り切っています。ものすごく信頼を置いています。ビックリするくらいに。凶兆が出た日にゃ、冷や汗かいて叫びまわります。

そしてまた、その卦が当たる当たる。

「何かを判断し、行動の指針とする」ことが画像診断の本来的な価値であるならば、卦は現在のMRIやCTスキャンなんかよりもよっぽど価値ある画像診断技術として受け容れられています。

決められない、なんてことはないのです。卦には。

科学的だと人の言う

でも、待てよと。

卦なんか偶然の産物で、まるっきり非科学、神秘主義の最たるものじゃないかと。

MRIやCTは科学の粋を集めたテクノロジーで、卦なんかと比べるべくもないじゃないか!と思われるかもしれません。

その通り。

価値観

「科学的な証拠に基づくこと」を画像診断の価値として、判断基準として採用するならば卦にはなんの価値もありません。

もちろん。

ただ、現代的な画像診断技術だって撮像法自体は科学に則ったものですが、そこから何らかの診断をすることには解釈の余地が挟まってしまうもの。

卦だって非科学的な撮像法から何らかの読取(解釈)を行うものであって、非科学的であることは現代的方法より正しい診断(というか、正しいと思い込める診断)をできない根拠にはなりません。

ややこしいはなしですが、どちらも最終的には解釈がなされなければならないので、「正しいと思い込める」か「思い込めない」かが結局のところは重要なのでした。

過去から、未来から

過去から、例えば原始人を現代に連れてくることができたとして、MRIの検査を受けてくれるでしょうか?「正しい」と思い込んでくれるでしょうか?

また逆に、未来人が現代を振り返ってみた時、CTスキャンの正当性を今と同じように評価するでしょうか?

もしかすると、

へー、21世紀ってまだまだぜんぜん非科学やってるぅ!1000年たっても、卦に毛が生えたくらいじゃん!

とか思われるかもしれません。

パラダイムの内部からパラダイムを認識することは、非常に難しいので。未来は誰にもわからないので。

火の鳥に訊けば答えを教えてくれるかもしれませんが、捕まえる際には火傷しないようお気を付け…。

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