認知症と一言でいっても、その原因となる脳の変性には様々な種類があることが知られています。
良く知られているのは「アルツハイマー病」。認知症に占めるアルツハイマー病の割合も多く、認知症といえばこの病気といった認識があるかもしれません。
アルツハイマー病以外にも、脳や心臓の血管が詰まったり破れたりすることで起こる血管性認知症があります。最近ではアルツハイマー病が「第3の糖尿病」と呼ばれ、脳と血管の老化の密接な関係が指摘されています。
また耳慣れないところでは「レビー小体型認知症」と呼ばれるものがあります。
レビー小体型認知症
レビー小体型認知症は、生々しい幻視・錯視や運動器障害を主とするパーキンソン症状、抑うつ、睡眠時の行動異常、自律神経障害など多彩な症状から始まり、認知症に特有な物忘れなど記憶障害とは別の様相を呈するようです。
「人が変わってしまった」と評されるような社会規範を逸脱した盗み、暴力などの犯罪的行動をとってしまうことも特徴として挙げられています。
アルツハイマー病の方が見せる生活様式が「共生型」ならレビー小体型認知症は我が道を往く「独立型」だ、と習慣的行動の差を指摘する医師もおられます。
レビー小体型認知症は1976年に小坂憲司医師により世界で初めて報告されました。
生々しい幻視・錯視
先程も述べたように、レビー小体型認知症の特徴として「人・小動物・虫などの生々しい幻視」が挙げられます。実際にはそこにないものが、リアルな質感を伴って存在していると感じられるようです。
レビー小体型認知症の方はただそうしたことを述べるだけでなく、実際にそこにあるものとして行動をとられるようです。虫をつまみとろうとしたり、お客さんにお茶を出そうとしたり。
当然、脳が見せるそうした世界はご本人にとっては真実以外の何物でもありません。
しかし、ことに身近な介護者にとってそうした「ないはずのもの」に対する「リアルな感覚と行動」は理解しづらく、ついつい否定してしまいがちです。
しかし、認知症高齢者に対する介護の基本セオリーに則るならば、介護されるご本人の精神世界を否定しないことが原則となります。
幻視・錯視を否定しない対応
レビー小体型認知症の特徴である幻視や錯視の訴えに対して、どのように対応すればよいのでしょうか?
もちろん介護環境が異なる個別例の全てで上手くゆく対応はありませんが、とにかく「否定しない」ことを第一に考えるのが良いようです。
中村重信・広島大学名誉教授は、「十分に話を聞き、頭ごなしに否定しないことです。そして、『病気によるものだから心配しないで。いずれ消えるから』と言って、安心させ落ち着かせることが大切です」とアドバイスします。
訴えに耳を傾けたり、本人と一緒に“見えているもの”に近づいたりするうちに、消えることがあります。患者にはリアルに見えているだけに、説得は逆効果で、「そんな人、どこにもいないじゃないか」「虫なんていないでしょ」などと一方的に否定したり、「バカなことを言うな」と怒ったりすると、妄想や暴力、抑うつにつながりかねません。
『認知症を知る』(飯島裕一著、講談社現代新書)
頭ごなしに否定しない、説得しない、怒らない。受け止めて、流すように促すか、流れるまで待つ。そうした対応が求められています。
「演じる」ことの難しさ
人前での演技を生業とする役者でもない限り、意識的に役を演じたり、ウソやフィクションの世界に身を預けることは日常の中でほとんど経験されません。
そうした「演じる」ことの経験不足は、時に介護の場面で不都合を起こすこともあります。
上記のような幻視に対応する方法を頭では分かっていても、ついつい否定してしまったり、怒ったりといったことが頻繁に起こっています。正直さが社会的な評価となっているため、なかなかうまく演じることができず、嘘をつくことに抵抗を感じたり。
そうした介護のストレスは、必要以上に介護者の負担となり、また介護される側の不安感をまして不穏な状態につながることもあります。
身近な介護者に求められる柔らかな対応をストレスなくこなすためにプラセボ(偽薬)にはできることがあるかもしれません。
認知症対応モードに自らの意識を持って行くための小道具としてプラセボを利用し、一時的に介護モードへ変身するための儀式を行う。
プラセボ製薬では、そういった何らかの「きっかけ」を提供するプラセボの使い方も提案しています。
参考書籍
上記の引用部を含め、本記事の大半は『認知症を知る』(飯島裕一著、講談社現代新書)を参考とさせていただきました。
『認知症を知る』は、認知症についての高度な医学的知識を得るための入門書として最適な一冊です。
大変高度な科学的記載についてその全てを理解することは難しいと思われますが、認知症についてより詳しいことが知りたい方、病気の原因や発症に至る理論、認知症を根治する試みとしてどういった研究が進められているのか、など詳しく勉強しようとされている方にとっては手掛かりに満ちた本になっています。
参考映画
また認知症ではありませんが、精神病棟で幻視を訴える患者に対してどんな対処を取ると良いのかを考える上で最も参考となる映画があります。
『パッチ・アダムス』の序盤、病室にリスが現れて…。
未見の方は、ぜひ一度ご覧ください。