「柔道整復師」は国家資格です。
おなじく国家資格である「あん摩・マッサージ・指圧師」とも、あるいは民間資格である「整体師、カイロプラクティック師」とも異なる独立の資格となっています。
柔道整復療養費
国家資格を有する柔道整復師の施術には、病院などで行われる医師の診察・治療と同じように公的な健康保険が適用されます。
ただし、保険の対象となるのは骨折、脱臼、打撲及び捻挫(いわゆる肉ばなれを含む。)に限られる上、骨折及び脱臼については、緊急の場合を除き、あらかじめ医師の同意を得ることが必要となっています(参考:全国健康保険協会『柔道整復師の施術を受けられる方へ』)。
慰安や疲労回復を目的とした施術は保険の対象になりません。
療養費
また健康保険が使えるといっても、施療を受ける患者にとっては病院や診療所などの保険医療機関における通常の形態とは全然違うようです。
病院の場合
病院や診療所などの保険医療機関に掛かる場合、医師による診察や治療を受けた後、窓口で自己負担分を支払います。これで医療行為が「現物支給」されたことになります。
柔道整復施療院の場合(原則:償還払い)
ところが柔道整復施療院の場合には、治療後に患者が支払うのは自己負担分だけでなく、保険適用分も含む全額を施療者に支払うことが原則とされています。
これを「償還払い」といいます。
このとき、患者は窓口にて全額を負担し、さらには保険者に対して保険金の支払いを請求しなければなりません。
一時的にせよ療養費の全額を支払う経済的負担に加え、請求しなければたとえ保険の対象となる施術であっても保険適用分は償還されないなど、患者にとっては幾分不便な制度であると言えるでしょう。
特別に認められる「受領委任」
ただ、普通は柔道整復師のいる接骨院や整骨院へかかっても、患者自らが保険者とやり取りすることはほとんどありません。
原則とされる「償還払い」に代えて、「受領委任」という方法が採用されていることが多いためです。
上図を比べると分かる通り、一般の病院や診療所などと同じ形となり、患者は施術院の窓口で自己負担分を支払うだけで良く、保険者に対する請求は施術院側へ「委任」されます。
具体的には、「柔道整復施術療養費支給申請書(いわゆる柔整レセプト用紙)」に患者が自筆でサインをすることが患者による「委任」行為になります。
ペナルティとしての「受領委任」取扱い中止
柔整師が受領委任制度を悪用し、保険金の架空請求を行う事例などが実際に判明しています。その場合には処分として「受領委任」を5年間引き受けられなくなるなどのペナルティ(罰則)が適用されるようです。
もちろんそうした規則上のペナルティだけでなく、施術者の名前が公表されるなど社会的な罰を受けたり、悪質な場合には刑事罰を受けたりすることもあるようで。
柔道整復師にとって「受領委任」は患者(顧客)の利便性を向上させ、ひいては柔道整復師自身(事業者)の利益ともなる、堅守すべき制度ですので、こうしたペナルティの存在が不正の誘惑に対する抑止力となっています。
国家としての検討
実は、こうした制度はガチガチに固定化されたものではなく、今なお制度設計についての議論が活発になされ、時代に合わせた変化が求められています。
厚生労働省が主催する「柔道整復療養費検討専門委員会」はそうした議論の中心となる委員会の一つであり、その議事録を読めば喧々諤々の論戦が楽しめます。
- 2016年7月7日 第6回社会保障審議会医療保険部会 柔道整復療養費検討専門委員会議事録
なぜ論戦になるかと言えば、利害関係者の中にはさまざまな立場があり、守るべき既得権があり、誰しもポジション・トークからは逃れられないためです。
柔道整復師が日本の公的な医療保険から最大限の利益を得ようと思えば保険者の意向と真っ向からぶつかることでしょう。
柔道整復師の行為が整形外科医をはじめとする医師の領分を犯せば、医師は黙っていないでしょう。
また柔道整復師同士でも、長年にわたって真っ当な施療を良心的に行いその手技を磨きあげたことをプライドとして持つ者にとっては、専門学校を出て資格を得たての新米柔整師が同様の保険請求を出せることに疑問を感じるでしょう。
上記の専門委員会で出た結論は、近い将来に法律として実効力を持つこととなります。専門委員会の議事が白熱するのは、そうした利害のぶつかる意味のある、もしくはぶつける価値のある唯一の場だからかもしれません。
この対立構造から妥協の産物を生み出すか、あるいは止揚の契機を得て優れた制度を確立するか。現場レベルではさておき、医療業界の理念に置いては既に常識となりつつある「患者中心」の、「患者本位」の考え方が活かされるより良き未来の姿は、今ここの議論にかかっています。
じっくり読んでみると、結構面白いですよ。
議事録を読み解くコツ
いつだったかどこぞの整骨院のウェブサイトにて『ウチの治療は断じてプラセボ効果ではない』旨の記載を発見して以来、気になっていた柔整師業界。
今回、本記事執筆のためにほとんど知らない状態で上記議事録を読み始めたのですが、当然のことながら分からないことだらけでした。
もしかすると同じように、業界知識が全然わからない状態から議事録を読み始める方もおられるかもしれないので、議事録の読み方として、一般的なコツを挙げておきます。
- まずは「資料」を流し読み
- 官僚による「資料説明文」は読み飛ばす
- しっかり読むのは、委員たちの「質疑」や「会話」部分
要するに、「資料」と「質疑応答」などをしっかり読みましょうと。「説明」の部分は長くなりがちで、文字で追ってもあまり面白くないためです。それなら視覚的に「資料」を捉え、「会話」の中で分からない事項が出てきたら「資料」や「説明」に戻る方が幾分読みやすいのではないかと思います。
また、今回紹介した議事録に関しては、「亜急性」と「広告」が大きな話題となっています。
「亜急性」なんか絶対認めたくない医師側と、「亜急性」ありきでいきたい柔整師側。その対立構造を事前に知っておけば、理解を早めてくれるでしょう。
また「広告」に関しては参加者の誰もが規制を強化したいと考えていますが、当委員会での議題とは捉えていない行政官の対立(?)構造を捉えておけば、これまた理解が早まります。
参考サイト
最後に、参考となるサイトを挙げておきます。
柔道整復師の数は増え続け、整骨院や接骨院の数もまた増え続けているようです。道を歩けば整骨院の看板が目に入るのも、偶然ではありません。少子高齢化に伴う医療費負担の増大と折り合いをつけるのは、こうした柔道整復師の活動か、あるいは…。