やる気や頑張り。精神論と揶揄されがちなそれら“前向きな気持ち”が、リハビリテーションにおける運動機能や四肢の調節機能の回復効果に深く関わっていることは、臨床経験的に知られていました。
2015年10月2日に生理学研究所より公表された研究結果は、そうした経験則を脳科学が裏付けするものです。
“やる気や頑張り”をつかさどる「側坐核」の働きを活発にすることによって、脊髄損傷患者のリハビリテーションによる運動機能回復を効果的に進めることができるものと考えられます。
生理学研究所
リハビリに意欲的な患者の方が、回復が早い。逆に、うつ症状などになると回復が遅れる。
気分を司る脳部位と運動を司る脳部位の連携が現象として初めて科学的に捉えられたことの成果は、より適切な心理サポート法の開発を促すかもしれません。
もしかするとそこには、偽薬の存在が入り込む余地があるのではないかと考えています。
注意
当記事においては、「プラセボ効果がやる気や頑張りを生み出すサポートができるのではないか」という仮説を提示しています。プラセボ製薬の製品にやる気を生み出す有効成分が含まれていたり、プラセボ効果によって頑張りが増強されるという科学的な証拠は一切ありませんので、予めご了承ください。
『リアル』が描いたこと
バスケットボールマンガの傑作『スラムダンク』や、宮本武蔵の生涯を圧倒的な筆致で描く『バガボンド』などの作品がある漫画家・井上雄彦さんは、障碍者バスケを描く作品『リアル』において、リハビリのあれやこれやを描いています(以下、ネタバレを含む)。
高橋 久信(たかはし ひさのぶ)の場合
自称「Aランク」の高橋は、何でもソツなくこなし、普通にやれば周囲よりも秀でてしまう器用タイプの高校生。しかし、交通事故をきっかけに脊髄を損傷し、下半身不随となります。
「Aランク」からの陥落が決定的となり精神は荒廃、動かない自らの足に絶望して自傷行為に走り、ヒョロいリハビリの先輩にできることすらできない自分に嫌気が差します。
しかし、様々な人や車いすバスケとの出会いを通じ、やる気を取り戻し…詳細はマンガ『リアル』をご確認ください。
理学療法士のしごと
脊髄損傷や脳梗塞患者のリハビリを行う専門家、理学療法士の仕事はリハビリテーション自体を淡々と進めるだけではありません。
患者自身の来歴を理解し、リハビリにやる気を出させる。甘やかすのではなく、自らの生きる力を発揮させるよう促す。
『リアル』から読み取れる理学療法士や作業療法士の仕事は、すでに心理面でのサポートを十二分に含んでいるように思われます。
研究結果からはわからないこと
リハビリのプロフェッショナルによる仕事には、すでに心理的な介助が組み込まれている。
患者の身近な人との関係性、患者同士のコミュニケーション、指導する立場からのアクション、ひいては、患者から療法士への恋愛感情をも利用したアプローチで“やる気や頑張り”を引き出す。
すでに為されているこうした施策は、科学的に解明されていようがいまいが臨床現場では大いに活用されてきました。
だとすれば、今回生理学研究所より発表された研究成果は何ら現場で活用されることはない…のかもしれません。既に知られ、実践されていたことが科学的に正しいと証明されたところで、「ふーん、やっぱそうだよね」で終わってしまいます。
もったいない!実に、もったいない!
プラセボ実験としてなら?
プラセボ効果の研究としてある程度の「だまし」が倫理的に認められるなら、今回の研究成果を大いに活用することができるかもしれません。
そんな風にいって偽薬を飲ませた時と、何もしなかったときの脳の働きをモニタリングし、“やる気や頑張り”をつかさどる脳の神経核である「側坐核」の働きを比較する。
そんな実験を考えることができます。
後々偽薬であったこと(だまされたこと)が判明し患者と療法士の信頼関係が崩れるリスクがありますので慎重にならざるを得ませんが、「いったん効くと思い込んでしまえば、それが偽薬であると言われてもやっぱり効いたように感じる」とするニセ鎮痛剤の実験結果もありますので、やってみる価値はあるかと。
もちろん偽薬服用の有無による「側坐核」の活性化度合いを指標とするのではなく、長期的な視野に立ち、試験の結果はある程度の期間におけるリハビリの進捗や運動機能の回復度合いを指標にしたいところ。
ニセモノのプラシーボが、真の“やる気スイッチ”になるとしたら、こんなに面白いことはありません。
※くどいようですが、プラセボ製薬の『プラセプラス』にはやる気を引き出す成分を一切含みません。念の為。
介護現場でも
高齢者介護においても、自立した生活をできるだけ長く維持するためのリハビリが積極的に採り入れられています。
閉眼片足立ちにゲーム性を加えて楽しく運動ができるようにする工夫や、パチンコと運動をとりいれてみたり。
公園に設置された健康遊具でお年寄りが懸命にトレーニングされている様子がテレビ番組で特集されたり。
老人介護とは、身の回りの世話を焼きすぎるほど焼くことではなくなっているようです。
エレベーター前の怪現象
閉まりかけたエレベーターの扉に猛然とダッシュするお年寄りをどこでも、何度でも見かけます。
隣の階段には目もくれず、今、そこにあるエレベーターに向かって走り出す元気に圧倒されるほど。
「その元気があれば、階段登れてしまうのでは…?」とか、「一旦登って、また降りてくるのを待ちませんか…?」という問いかけは禁句なのでしょう。高齢になってみなければわからないことはたくさんあるようです。
しかし、この(怪)現象を見るにつけ“やる気”を引き出すスイッチは身近なところにたくさん潜んでいるのかもしれません。あるいは、「残された時間」を強く意識させることが秘訣なのかもしれません。
いずれにせよ、げに不可解は人の心理なり。
介護と偽薬
もちろん高齢者にとっても、やる気や頑張りを生み出すスイッチとして偽薬を“実験的に”用いることが可能です。
生活の質を上げ、より良い人生を送る方法の一つは、実験的精神を採り入れてみることかもしれません。