プラセボ効果が年々アップして鎮痛剤の治験突破を妨害している話

プラセボ効果は、医薬品の真の効果を支える影のような存在と考えられていました。

しかし近年、米国においてプラセボ効果が増強され新規医薬品(特に鎮痛剤)の臨床試験を阻む大きな壁となっていることが明らかになりました(『Strong placebo response thwarts painkiller trials : Nature News & Comment』)。

試験に供された新規医薬品と同じくらい、プラセボ(有効成分を含まない偽薬)が効いてしまうというわけです。

実を言えば、この影の独り歩きともいえる現象はプラセボ製薬が目指す医療観、健康観を強く支持すると考えられますので、当記事はそうした偏った意見から書かれたものであることをここで述べておきます。

プラセボ効果で痛みが治まる?ほな、プラセボを医療に積極的に利用したらええやん…?

そんな本音が、チラリホラリ。

解説記事の背景

上記の『Strong placebo response thwarts painkiller trials(強力なプラセボ反応が鎮痛剤の治験を阻む)』においては、1990年から2013年にかけて公表された慢性神経痛治療薬の臨床試験の結果を分析したところ、プラセボによる治療成績が年々向上し、経年変化のほとんどない鎮痛薬の治療成績に拮抗しつつあることが報告されています。

しかも、ヨーロッパやアジアの国々ではこうした変化が認められず、アメリカ合衆国のみにおいて起きた変化であるとのこと。

この興味深い事象の原因の一つとして、アメリカが持つ特異的な事情に基づき以下のように推察されています。

世界中でたった2ヶ国、アメリカ合衆国とニュージーランドだけが、消費者に対し製薬企業が直接広告を表示することを認めている。

このことが、患者の期待を煽り、偽薬を良く効くはずのクスリだとする思い込みにつながったのだ、と。

でも、本当に?

真の効果と偽薬効果の加算的関係

医薬品の有効成分がもたらす真の効果は確実に人体に影響し治癒効果・症状軽減効果をもたらす。さらに精神面での影響としてプラセボ効果が存在し、これらが足し合わせられて医薬品の効果となる。

そうした加算的関係性を前提とすれば、広告が消費者(患者)に及ぼす効果はプラセボ効果を増強させるのだから、さらに加算されるはずの真の効果が十分にあれば、医薬品と偽薬の治療効果が拮抗することはない。とも考えられます。

しかし、事実はそうではありません。単純な足し合わせでは説明がつかない現象が認められています。

だとすれば、「広告による期待効果の向上」や「真+偽の加算的関係」はどこか間違っていると考えるのがベターなようです。

推測の域を出ませんが、以下のような解説も。

試験の長期化・大規模化による影響

医薬品の臨床試験は、残念ながら(?)科学的客観性とは程遠い世界で行われています。この世界では、科学的客観性は努力目標に過ぎません。

ただし、そうした努力は日々続けられ調査対象となった1990年以降、試験の長期化・大規模化が進んでいます。

統計的な手法により医薬品の効果を示すしかない以上、科学的客観性を担保する母数の確保(=試験の大規模化)や複雑な治験デザインの採用(=試験の長期化)を避けることは出来ません。

プラセボ効果と真の効果(というものがあれば)をより分ける繊細な統計的手法は母数が多いほどその精度が増すことは間違いありませんし、同一人物が2パターンの治療(真 + 偽)を受けた際の治療効果を比較すれば、それぞれ別の人の結果を比較するより確からしいと考えられます。

さらに、実験室レベルで行われてきた治験が病棟など大きな枠組みで実施されるようになると、洗練された看護体制が敷かれ、より医薬品以外の部分が治療効果に影響を及ぼす可能性が指摘されています(献身的な看護師によるケアが治療効果を向上させる、など)。

これらが今回報告された現象の全てを説明するわけではありませんが、「医薬品の治療効果」の本体が「医薬品に含まれる有効成分」だけでないことは確かなようです。

プラセボによる治療

鎮痛剤以外に抗うつ剤や抗精神病薬についても、その臨床試験におけるプラセボ効果の増強が既に報告されているそうです(上記記事参照)。

十数年の歳月と数百億の費用をかけて開発した「期待の新薬」が、最終的に「偽薬」と同程度の効果しかない(効果がない訳ではなく、プラセボ効果と同程度の効果がある)と判明してしまうことの恐ろしさたるや、想像を絶するものがあります。

科学的客観性を求める努力は、この点で捨て置かれることもないではない、こともない、ような気がしないでもない…(内部関係者が治験データを歪める事件は、実際に起こっています)。

逆に言えば、プラセボを医療行為として上手く使うことで医療費の問題を解決しようとする試みにとっては、こうした分析結果が強い後押しをしてくれるように思われます。

もちろん手前勝手な話であると知りながらも、医療費を含む社会保障の経済的側面は既に破綻しつつあり、継続不可能な状態にある現状では、プラセボの明示的な有効利用を真剣に検討してもよいのではないかと考えます。

ドクターショッピング・シンドローム

ドクター・ショッピング、青い鳥症候群などとも呼ばれる病院のはしごを趣味にされているそこそこ健康な高齢者の皆様には、プラセボをばらまいて…。

決して患者を蔑ろにするわけではなく、不要不急の医療行為、投薬行為を控えるという意味において実践できれば、それなりに意義のある効果が得られるのではないでしょうか。

直接的には誰もあまり儲からないという点において、実施規模の拡大は難しいかもしれません。間接的に負担を将来の世代へ先送りしないという点において、その社会的価値は非常に大きいようには思うのですけれども。