国の介護(保険)制度のはなしと言えば、やっぱり厚生労働省がメインで担当しているはず…と思っていたのですが。
「財務省財務総合政策研究所」という財務省附属の研究所が編著者として出版された論文集『超高齢社会の介護制度 持続可能な制度構築と地域づくり』がとっても興味深い。
根本的な思想は、介護保険制度は2000年の介護保険法施行に伴い始まった新たな制度だけど、今(2015年度の制度)のままじゃ持続可能性に欠ける(=そのうち崩壊する)ために早急に手を打たねばならぬ、というものかと思われます。
必要なのは、「社会実験とその評価手法の確立である」、と。
財務省財務総合政策研究所
財務省財務総合政策研究所(通称、財務総研(PRI))は財務省付属の研究所で、さまざまな研究とその報告を実施しています。
2016年3月17日現在の「現在開催中の研究会」には、以下の項目が示されています。
- 女性の活躍に関する研究会
- 医療・介護に関する研究会
- 公共部門のマネジメントに関する研究会
- 平成27年度中国研究会
- 2015年度インドワークショップ
- 法人企業統計研究会
- 法人企業景気予測調査に関するワーキンググループ
「医療・介護に関する研究会」に関しては、現在でも「女性の活躍に関する研究会」に次いで2番目に表示されています。
増大し続ける見込みの社会保障費の中でも医療、介護は総費用を抑えることが喫緊の課題となっていますが、現状ではその手立てが限られているため、様々な制度を政策的に変革していかねばなりません。
財務総研のこれまでの研究会を踏まえてアウトラインを示したのが『超高齢社会の介護制度 持続可能な制度構築と地域づくり』です。
『超高齢社会の介護制度』
本書は財務総研の「持続可能な介護に関する研究会」(2014年9月~2015年3月)を取りまとめた論文集になっており、その要旨を以下のサイトで確認することができます。
「持続可能な介護に関する研究会」報告書目次(要旨等):財務総合政策研究所
ちなみに、財務総研のサイトにも本書にも「なお、本報告書の内容や意見はすべて執筆者個人の見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。」といった旨の記載があり、公式見解ではなく個人見解であることが強調されます。
とはいえ、これら個人の見解が政策決定に大きな発言力を持つことは疑いを容れないでしょう。すなわち本書を読めば、(団塊の世代が後期高齢者となる)2025年までになされる医療・介護制度政策の方向性が見えてくる、はず。
医療と介護の明確化
本書ではいくつものテーマが採り上げられていますが、現行の制度が最上ではないとの現状認識があるようです。
その一例が、医療リソースによる高齢者介護の負担。
一般的には要介護度の高い方が同時に医療的ケアも必要としていることが多いようですが、中には介護の受け皿として病院や診療所が使われてしまい、最適な費用の配分ができていない懸念があります。
すでに入院期間の短縮化など様々な施策が講じられ「社会的入院」などの問題解決が図られてはいるようですが、まだまだ途上であると。
日本の社会保障制度の根幹をなす公的な「医療保険(健康保険)制度」と「介護保険制度」は超高齢化社会においては極めて近接するためその分別があいまいになりがちですが、うまいこと選り分けて資源(ヒト・モノ・カネ)の配分をすれば、両者とも制度の持続可能性が向上すると見込まれています。
「病気・障害」に寄り添う医療と、「生活」に寄り添う介護と。
既に方針決定がなされている医療と介護の分別政策もあります(介護療養型医療施設の廃止など)が、今後ますます進められていくでしょう。
「住まい」に関して
人々の生活を成り立たせているのは、都市機能です。自給自足を実践するのでなければ、生活に必要なインフラや資源は外から調達してこなければなりませんが、目に見えて手に触れられる「モノ」に関しては、それを「運ぶ」「届ける」コスト負担を避けられません。
例えばチラシを配るアルバイトをしてみるとして、戸建ての一軒家を回るのと、マンション・アパートを巡るのではどちらが効率よく配ることができるでしょうか?
住宅が集合しているマンションやアパートの方が、圧倒的にラクちんです。
介護サービスに関しても同様のことが言えるでしょう。訪問介護や訪問看護、あるいは訪問診療のサービスが成立するか否かは「人口密度(ある面積・地域に住んでいる人の数)」にかかっています。
人口減少社会では、こうしたサービスの成立要件が満たせない地域が出てきてしまいます。サービス付き高齢者住宅はこうした背景の下、国土交通省主管で政策的に導入が進められています。
ただ、これを個人や民間企業が広域を視野に入れつつ行うことは現実的ではありません。自治体が構想を描く「まちづくり」が議論されています。
情報技術の活用
「住まい」に関連するサービスを成立させる要件として「人口密度」を挙げましたが、インターネットの技術は、言うなれば距離や面積(に関するコスト)の概念を無くす技術です。
従って、情報通信技術の利活用が今後の持続可能な介護制度の礎となります。
そうした情報技術はICTと呼ばれ、既に先進的な取り組みが総務省の下で進められています。
また、大量のデータを意味ある情報として活用するためのビッグデータ解析も実践的な取り組みとして行われようとしています。
統計解析が重要?
2016年3月、囲碁のトッププロを打ち負かした人工知能「アルファ碁」が話題となりましたが、ビッグデータ関連の統計解析技術にもAI(人工知能)が応用されることになるかもしれません。
が、今のところは10年後には(人間の)データサイエンティストが最もクールでセクシーな職業になる…なんて話もあるように、政策決定を行う上では統計屋さんが必要不可欠になります。
なぜか?
それは、現在目の前にある社会問題の「答え」を誰も知らないからです。「答え」は今後実施される種々の社会実験の統計解析結果として導かれるものだからです。
『超高齢社会の介護制度 持続可能な制度構築と地域づくり』で示された数々の変革案を実施した場合に「どうなったか」を見極め、効果を検証する際に統計解析のスキルが必要不可欠だからです。
本書で示された現状は「解析して意義のある情報が得られるようなデータの収集ができていない」であり、「だから、○○すべき」が描かれています。
例えば、医療関連データを健康保険の保険者ごとに持っているけれども個人情報保護の観点から統一的に解析できない、とか。介護保険サービスの受給状況を個人のレベルで追うことが難しい、とか。
2025年に一端の区切りとされる地域包括ケアシステムの完成には、年単位でのトライアル(試行)と結果の分析が必要とされます。保険料の増加や給付の削減など、一見「改悪」にみえる制度変更も、こうした社会実験トライアルの一環として実施されるものです。
制度を介して公費(国のお金)を利用している以上、介護を受ける高齢者も積極的にこの社会実験に関わっていくことが必要ではないかと思われます。
今と、未来を知ること
これまでに挙げたような話題の他、超高齢社会・日本の「今」を知り未来を考える上で、国の中枢(に近いところ)でどのような議論がなされているかを把握しておくことは、介護する人される人、介護事業者、福祉事業者、地方公務員などなど多くの人にとって有益なはず。
気になる方は、ご一読を。