平成27(2015)年9月16日に成立し、平成28年度にもその一部が施行される予定の改正医療法。2016年3月現在、厚生労働省の委託事業として周知セミナーが実施されています。
医療法人制度改革に関するセミナー(株式会社メディシュアランス)
※2016年10月現在、全日程が終了しています。
ここでは「地域医療連携推進法人」の創設がビッグなメインテーマとなっているようですが、本記事ではサブ(?)テーマたる医療法人制度の見直しに関して、その経緯を追ってみたいと思います。
医療法人制度見直しの背景
小さな病院、歯科医院や診療所、クリニックの多くは医師が院長先生となり個人事業として経営していますが、経営の承継を考える際などに個人医院が法人成りして医療法人となることがあります。
医療法人が運営する場合、病院名の前に「医療法人○○会」などと記載されます。
また一定規模以上の病院や診療所、介護分野において医療ケアを担う介護老人保健施設(老健)は医療法人によって運営されています。
国民皆保険制度の下、公的負担が大きく公共性の高い医療や介護サービスについては経営の透明性が重視されるようになってきたことが、医療法人制度見直しの背景にあります。
一般企業との比較
2016年3月時点では東芝の不正会計事件が記憶に新しいところですが、なぜあれだけ責められたのかと言えば、市場から資金調達する際の説明責任を放棄していたためです。
法人制度の一つである「株式会社」には、規模によって公認会計士や監査法人による財務諸表の外部監査が義務付けられています。
“株式会社”東芝は経営の透明性を担保出来なかったがために、監査法人も巻き込んでのてんやわんやに発展してしまいました。
一般企業では強く情報開示が求められ、規模によって義務化されているのに対し、医療法人に対してはその規模に関わらず財務諸表の外部監査が義務化されていませんでした。
しかし、個人事業主が家計と事業会計の「どんぶり勘定」となりやすいように、医療法人でも「どんぶり勘定」となりやすい傾向は否めず、経営の近代化と効率化が必要であると認識されています。
厚生労働省の検討会
医療法人の経営透明化、情報公開の推進に関しては所轄行政機関である厚生労働省がこれまでにいくつかの検討会を開催してきました。
2001-2003
2001年より、「これからの医業経営の在り方に関する検討会」が設置され、2003年には最終報告書が取りまとめられています。
2004
2004(平成16)年8月19日、上記の報告書を受け、昭和58年から適用されてきた病院会計準則についての全面的な見直しとして、厚生労働省医政局長より「病院会計準則の改正について」という通知が各都道府県知事に出されました。
「キャッシュフロー計算書」、「貸借対照表・損益計算書の区分の明確化」、「リース会計」、「研究開発費会計」、「退職給付会計」など、一般の営利企業が当然に実施する会計の決まりごとが医療法人にも導入されることとなります。
2003-2005
2003年には「医業経営の非営利性等に関する検討会」が発足し、2005年に最終報告書が提出されています。
2007
上記報告書の内容を反映した第五次改正医療法は2006(平成18)年に成立、2007年に施行され、医療法人制度改革が実行されました。
「残余財産の帰属先の制限」、「内部管理体制の明確化」、「決算書類の作成・閲覧等に関する規定の整備」、「社会医療法人債(公募債)の発行」などなど、医療法人の「非営利性」が強調されつつ、経営の透明性確保や安定化に資する制度改革が実行されています(医政発第0330049号「医療法人制度について」)。
…が、2014(平成26)年の第六次改正においても以下のように謳われており、制度改革は道半ばといったところでしょうか。
(3)持分なし医療法人への移行促進
第5次医療法改正により医療法の本則となった持分なし医療法人への移行は、十分に進んでいるとは言い難い状況であるため、第6次医療法等改正においても更なる移行促進策が検討されています。「移行マニュアル」の活用周知や、税制措置、補助制度・融資制度についても、国民会議の議論等を踏まえて、引き続き検討が進められます。
(出所)医業経営情報レポート「効率化と機能分化を加速する 第6次医療法改正法案のねらいと概要」12ページ
移行をお考えの医療法人関係者は厚生労働省発行のパンフレット『「持分なし医療法人」への移行促進策のご案内』や、厚生労働省のウェブサイト『「持分なし医療法人」への移行に関する手引書について』をご参照のこと。
2013-2015
2013年には「医療法人の事業展開等に関する検討会」が設置されます。
当検討会の発足は、以下の求めに応じたものです。
- 「日本再興戦略」改訂 2014(93ページ②)
- 「規制改革実施計画」(平成26年6月4日閣議決定)(16ページ No.57)
- 地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律案に対する附帯決議(平成26年6月17日参議院厚生労働委員会)(三〇九 二-1-オ)
2015年2月9日に取りまとめられた「地域医療連携推進法人制度(仮称)の創設及び医療法人制度の見直しについて」により、ようやく冒頭で紹介した周知セミナーの土台が出来上がります。
この報告書に基づき、第189回国会(常会)提出法律案として2015年4月3日に提出された「医療法の一部を改正する法律案」が2015年9月16日に成立。
「医療法の一部を改正する法律案」において、「医療法人制度の見直し」の施行期日は「公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。」とされているため、2016(平成28)年度中の施行が予定されているというわけです。
2014
なお、「地域医療連携推進法人制度(仮称)の創設及び医療法人制度の見直しについて」の取りまとめに先立ち、「医療法人の事業展開等に関する検討会」の中では医療法人会計基準が四病院団体協議会(四病協)によって作成され、医政局長より関係部署へ通知(平成26年3月19日付「医療法人会計基準について」)されています。
医療法人制度の見直し内容
医療法人制度の見直しについては、以下の通りとなっています。
- 医療法人の経営の透明性の確保及びガバナンスの強化に関する事項
- 事業活動の規模その他の事情を勘案して厚生労働省令で定める基準に該当する医療法人は、厚生労働省令で定める会計基準(公益法人会計基準に準拠したものを予定)に従い、貸借対照表及び損益計算書を作成し、公認会計士等による監査、公告を実施。
- 医療法人は、その役員と特殊の関係がある事業者との取引の状況に関する報告書を作成し、都道府県知事に届出。
- 医療法人に対する、理事の忠実義務、任務懈怠時の損害賠償責任等を規定。理事会の設置、社員総会の決議による役員の選任等に関する所要の規定を整備。
- 医療法人の分割等に関する事項
- 医療法人(社会医療法人その他厚生労働省令で定めるものを除く。)が、都道府県知事の認可を受けて実施する分割に関する規定を整備。
- 社会医療法人の認定等に関する事項
- 二以上の都道府県において病院及び診療所を開設している場合であって、医療の提供が一体的に行われているものとして厚生労働省令で定める基準に適合するものについては、全ての都道府県知事ではなく、当該病院の所在地の都道府県知事だけで認定可能。
- 社会医療法人の認定を取り消された医療法人であって一定の要件に該当するものは、救急医療等確保事業に係る業務の継続的な実施に関する計画を作成し、都道府県知事の認定を受けたときは収益業務を継続して実施可能。
これまでの情報開示の流れが強化されたり、非営利の医療法人と関連のある営利法人(いわゆるメディカルサービス法人(MS法人))については監視が強化されたり、統治(ガバナンス)の仕組みが採り入れられたり。
また、“より良い地域医療の実現のために適切に運用されること”として医療法人の分割制度が創設されたり。
公益にかなう事業を担う社会医療法人もしくは医療法人が、その事業継続のために営利性のある収益業務を行う要件が緩和されたり(平成26年3月19日現在の医療法人の業務範囲はこちら)。
規制強化というよりは、むしろ一般企業のあり方に近づく変更がなされたようです。制度の詳細に関する情報は冒頭のセミナーや通知の形で随時提供されてくるでしょうし、公認会計士や税理士、弁護士、行政書士など専門家の士業のみなさんが有益な情報を既にインターネット上で提供されています。
お医者さんも医業だけでなく経営に関すること、特に会計に関しては知っておくべきこと、勉強すべきことが多くなってきました。医師のたまごに対して医学部で会計の授業が行われる日も近い…?
参考となる成書
新基準に対応した成書が発売されています。
資料集成リファレンスとしての『必携 医療法人会計基準』(著:五十嵐邦彦、じほう)
監査法人による実務家向けガイド『医療法人会計の実務ガイド』(編集:あずさ監査法人、中央経済社)
適宜ご参照ください。