酔っ払いの生理学について、いまさらインターネット上に新たな知見を提供することは難しい。
では、当記事が提供するものは?
それは、ある種の「物語」です。科学的真理や一般常識とは異なる「物語」を提供したい。
タイトルには「身体に毒?」と謳っていますが「酒は百薬の長」とも言いまして、適量であればちょっとくらい刺激を与えておいた方が長持ちするとも考えられるので、そこはまぁ気軽にビールなどお好きなお酒を片手にお読みいただければ幸いです。
まずはこの「物語」の前提をば。
物語の前提
生体、特に人体各所の働きを科学的に説明しようとする試みは「生理学」と呼ばれますが、世に出回る生理学的言説の多くは「受動的生理学」という側面を持っています。
外部から摂り入れられた何かによって、「受け身で○○されるもの」として人体を捉えています。
しかしここで提示したいのは、「積極的に××するもの」としての能動的な人体観。
アルコール=排除すべき毒物
実は、お酒とアルコールに関しても「脳が抑制、麻痺させられて…」という受動的な前提で語られることが多く、「積極的に××するために、脳の働きを抑制して…」という風には捉えられません。
しかしここで、アルコールをこう捉えてみればどうでしょうか?
アルコールは人体にとって毒物である。
積極的に毒を体外へ排出するため「酔い」を引き起こすのだ、と。
進化論は使えない?
人体に関する不思議や謎を解き明かすカギとして、進化論が持ち出されることがあります。人類数百万年の歴史は、それに先立つ数千万年、数億年の進化の歴史で獲得され、淘汰から生き延びた結果の上に成り立っている。
だとすれば、今ある何らかの仕組み、メカニズムは当然進化の過程で身に着けたものだろうと考えられるわけです。
ところがどっこい、飲酒に関してはおそらく進化の過程で何がしかの能力を獲得できるほど長い期間を経ていないだろうと思われます。たかだか数千年では、大きな変化は起こらない。
一気飲みを成人の証とする文化的素地なんかがあれば、その集団内では生殖年齢に達する前にアルコール耐性の低い個体を淘汰するという作用が働いたかもしれませんが…。
もし、進化が関与したら
仮に、アルコール代謝に関して進化過程による何がしかの形質獲得がなされているとしたら、どうなっていたでしょうか?
あるいは、アルコールが人体に有用であるように変化できるとしたら?
おしっこから排泄したい
お酒を飲むとすごくトイレが近くなる作用があります。お酒好きや大酒呑みにとっては、
と更なる飲酒を主張する根拠に用いられますが、残念なことに尿からエタノールはほとんど排出されないようです。
これは非常に残念なことで、尿からアルコールが排泄できるとすれば急性アルコール中毒の多くは防げるのではないかと思われます。
進化の方向を決定付けるのは生存率の向上に資する形質であるか否かなので、老いも若きも男も女も急性アル中でバタバタと死んでいく社会でなければ、アルコールを尿から排泄することに長けた個体を選別することはできないのでしょうけれども。
もし、アルコールが有用なら
もし仮にアルコールが人体にとって有用になったとすれば、飲酒などという不安定な外的資源に頼ることなく、自らの内に醸造蔵を宿すことができます。
抗生物質による腸内細菌叢の撹乱が、時にアルコール発酵細菌や酵母を腸内にはびこらせることがあるためです。
そうなると「酩酊症」や「自家酩酊」と呼ばれる、常在酩酊状態に陥ってしまうことがあるようで。
現状、多くの人の腸内でアルコール発酵生物が勢力を誇っているわけではないという事実は、反対にアルコールが体外に排出すべき一種の毒であることを物語る証左だとも言えるでしょう。
もちろん、数万、数十万、あるいは数百万年後の腸内細菌フローラは予測できないわけですが。
生理学的メカニズムに理由を添えて
さて、酩酊のメカニズムに関する「物語」を提示していきましょう。
科学は現象の仕組みを説明してくれますが、その理由を教えてはくれません。
「物語」が重要なのは、根拠がないとはいえ、ここに理由を与えてくれるからです。
ここではより具体的に、人体の作用を熱と水の移動を軸に理解しようとする生体水利学の試みに則り「物語」を描いていきましょう。
アルコール、排除すべし!
繰り返しになりますがアルコールは人体にとって毒物であり、酔っ払いのメカニズムを語る物語で軸となるのは「体外への毒物排除ストーリー」です。
逆に、身体が体外へ排除しようとするものを「毒」と定義できるかもしれません。
いずれにせよ、お酒を摂取した身体はアルコールを排除する作用を働かせるのだと考えてみましょう。
それも全身で、力強く、精一杯に。
もっと言えば、命を懸けて。
多尿、頻尿の理由
これまた既述のことですが、お酒を飲むとおしっこが近くなって困ります。
お酒って言ってもビールとかチューハイとか焼酎とか、日本酒だってほとんどが水分なのだから当然とも考えられますが、実際には飲んだより多くの水分が排出されているように思われます。
水分と言えば、人体にとって、あるいは海を離れて暮らす陸棲の哺乳類にとって命の次くらいには大切なものなので、これをみすみす捨てるとは尋常ではありません。
一般的には簡単かつ明瞭かつ科学的に「アルコールの作用によって抗利尿ホルモンの働きが抑えられてしまうから」と説明されますが、それでHow?は理解できたとして、Why?の答えは与えられません。
そこに何らかの生理学的に意味のある理由がなければ、到底納得がいかない。
では、その理由とは?
それは、アルコール代謝の効率を求めているためと考えられるではないでしょうか?
血中アルコール濃度は血液量ひいては血漿中の水分量に左右されています。ここから水分を抜いてしまえば、血中アルコール濃度はググッと引きあがり肝臓での分解作業は効率が向上するはず。
アルコール分解酵素が非常に有能で高速かつ正確にアルコールを分解してくれるのだとすれば、あとは物流を改善して効率を最大化すれば、アルコールを排除しようとする身体の物語はハッピーエンドを迎えることになります。
体温向上策
もう一つ多尿・頻尿の理由として考えられるのは、体温向上策、でしょうか。
冷えは生命を脅かしてしまうため、急激な冷えに対してカラダは防御作用を備えているのかもしれません。
冷えてもおしっこが近くなり場合によって下痢をするのは、水分から血液を抜いて体積を減らしておけば同じエネルギー消費量でも温度の上昇がより大きくなるためだと考えられるのです。
飲酒時にも同じことが言えるのではないでしょうか?
排出の至適温度は?
しかし一点、冷えによる作用とは明確に異なる点が飲酒には見られます。
全身の体温が向上するように見えるのです。というか、血管が拡張して皮膚が紅潮し、確実に火照っています。
冷えの場合には手先足先が冷たくなり末梢からの熱の放散を防ぎますが、泥酔したり昏睡したりするのでないかぎり酔っ払いの場合には手先足先が温もっています。
ここに何らかの理由が求められるでしょうか?
思うに、やはりアルコールの体外排出を助けているのでしょう。科学的な根拠はありません。そう思う理由は、それがこの物語の根幹だから、です。
肝臓におけるアルコール代謝酵素の至適温度が、平常体温より若干高いのかもしれません。
肺における呼気へのアルコール排出の至適温度が、やはり平常体温より高いのかもしれません。
酔っぱらって帰ってきたご主人の息がお酒臭くアルコール臭がするのは、体温を上げてでも積極的に呼気からアルコールを排出しようとした結果だと考えられます。
またアルコール代謝過程の最終段階、アセトアルデヒドが肝臓で分解されて酢酸になった後、更なる分解作用を担うのは筋肉であるとされています。この筋肉を温めておけば分解作用がスムーズになるのやもしれません。
いずれにせよ体温を向上させなければアルコールすなわち毒の排出は遅れ、ひいては身体に悪影響を及ぼしてしまうのだ、と。
体温を司る脳視床下部
ところがところが、水分と同じように体温だって恒温動物の哺乳類にとって生命の次くらいには大切なものです。
皮膚が温かいということは、そこから外気へ熱を逃がしているということです。体温が維持できなければ死んでしまうのに、なぜかくも簡単に熱すなわちエネルギーを外に捨ててしまえるのでしょうか?
受動的な生理学の立場からは、このように説明できるでしょう。
「アルコールにより脳が麻痺して体温中枢を抑制してしまうから。」
しかし、能動的生理学の立場は若干異なります。
「脳を積極的に麻痺させて体温中枢を抑制し、アルコールの分解・排出を促すため。」
そう、ここでも目的は一貫してアルコールの体外排出にあります。
身体はアルコールを外に出す必要があると判断すれば、脳さえも操作してその仕事を完遂しようとする。そういった積極性をもっている。
飲酒がもたらす「酔い」とは、そうした身体による積極的なアルコール排出の働きの結果、一時的に生じた高揚状態だというのがここで提示したい「物語」です。
科学的根拠の無いただの「物語」ですので、お酒でも飲み軽食でもつまみながら肴にでも加えていただければ本望です。
そもそも論
とここまで書いてきて、いくつか「物語」に組み込むことの出来ていない現象があります。
そもそも、なぜ吸収するのか
アルコールが人体にとって毒であるならば、そもそも、どうして胃や腸でそれを吸収してしまうのか?
なぜわざわざ一旦吸収して、それから急ぎ分解、排出を行うのか。
どうしてそのようなムダを許容しているのか。
興味は尽きません。
が、うまい説明も思いつきません。単なる偶然であってそこに生理学的な理由はないのかもしれない。
とにかく使えるか使えないかわからないものは一回取り込んでみて、ダメなら外に出すという基本的な性質が人体には備わっているのかもしれない。
悪酔い、二日酔い
酔っ払って気分が良くなっちゃった後、アルコール分解産生物のアセトアルデヒドが血液にのって身体中を回り始めると気分が悪くなってしまいます。
これもある意味では嘔吐による毒物排出が直接的に関わっているのかもしれませんが、どうなんでしょうね。
悪酔いや二日酔いについては、アルコール消費に最適化されたわけではない私たちの身体が、後悔と共に未来に向けた学習の機会を与えてくれていると解釈すると面白いかもしれません。
まぁ、多くの人は中枢抑制のため(?)軽い記憶障害を起こして何度も悪酔いと二日酔いを繰り返す羽目になるのですけれども…。
依存症、慢性アルコール中毒
また酔いという一瞬間の過渡的な状態についての物語には、依存症や慢性症といったおどろおどろしい言葉を取り込むことができません。
アルコールの分解・体外排出作用は害をなす毒を手早く処理してくれてはいますが、それでもいくらか傷つき、傷害が蓄積するとある時点でキャパシティーを超過してしまうのでしょうが、依存的な精神作用まで考慮するのはやはり難しいように思われます。
脳内作用
さきほど、命の次に大事なエネルギーを大量に消費してでも体温を向上させることができるのは「脳を積極的に麻痺させて体温中枢を抑制し、アルコールの分解・排出を促すため」と説明しました。
実際、脳内の神経伝達物質に着目した飲酒の作用が「受動的生理学」の一環として科学的に検証されているようです。
快感情に関わるドーパミンやセロトニンの分泌が変化するといった報告や、脳内麻薬とも称されるエンドルフィンの分泌を促すといった報告も。
もちろんこうした知見を「××するために…」と「能動的生理学」に反転応用するのは訳なく簡単にも思われますが、本記事では紹介に留めておきます。
適量、ほろ酔い、いい気分
と色々と書いてきましたが、飲酒はほどほどの適量で、ほろ酔い、といった状態が望ましいのは言うまでもなく。
アルコールを飲めば脳内に分泌されるとされたエンドルフィンやドパミンなどはいまわの際、臨終の際にもたっぷりと放出される「神からの最後のギフト」とも言われます。快楽物質、麻薬物質が痛みや苦痛を和らげてくれると。
死を望むタナトス的願望の充足を飲酒に求める…なんて猪口才な理論をかざしてアルコールを求める人も少ないでしょうが、読者諸氏におかれましてはお猪口を傾け過ぎてお酒に飲まれることなきよう。
沈黙の象来たる…もとい、沈黙の臓器たる肝臓の毒物分解資源・毒物分解能は無限大ではありません。
脳を積極的に麻痺させてでもアルコールを分解して排泄しようとするご自身の身体を労わってあげてください。
物語を創作して
「物語」はあなた自身で創作しても良いのです。
自分自身の身体に関する「なぜ?」の問いの多くに、科学は答えを提示してくれません。そこには自身の「物語」を物語る余地があります。
アルコール摂取による自己実現の「物語」でも自己破壊の「物語」でももちろん構いませんが、おすすめは自分自身の身体に自信を持てるような「物語」。
アルコール処理班の主任が肝臓だとして、マネジメントを担う管理職の脳視床下部、後方支援を担う腎臓と心臓、血管。さらに若手の筋肉などなどを上手く使って目の前の難事に対処する擬人化ストーリーも面白いかもしれません。
そこに科学的根拠がなくたって、あなたが信じるのであれば、それは非常に価値ある「物語」です。
本記事で示した内容が新たな「物語」構築の助けになれば、これほど嬉しいことはありません。