2016年10月、医学専門誌「Pain」にてプラセボ効果に関する研究成果が報告されました。
曰く、「偽薬だと分かった上でそれを飲んでも、何もしなかった場合と比較して、より腰痛が軽減する」とのこと。
プラセボ効果について一般に考えられているように、「患者は偽薬をホンモノのクスリであると信じ、上手くだまされたから効果が現れる」という“常識”を覆す成果です。
先行研究
実は、2010年ごろには既に「偽薬だと分かっていても、効果あり」とする研究成果が公表されていました。
IBS(過敏性腸症候群)
IBS(過敏性腸症候群)患者を対象とした試験で、偽薬だと知らせたうえでその効果を見るという試みがなされています。
その時も今回と同じく、患者は偽薬だと知っていても症状の軽減を経験するという結果でした。
痛み
また別の研究結果によれば、偽薬であることを知らせない盲検を実施した後、「実は偽薬でした。なんら鎮痛効果のある成分を含みません」と被験者に伝えて再度鎮痛効果を測定したところ、それでも効果が維持されたそうです。
Conditioned Placebo Analgesia Persists When Subjects Know They Are Receiving a Placebo
Scott M. Schafer, Luana Colloca, Tor D. Wager
DOI: http://dx.doi.org/10.1016/j.jpain.2014.12.008
論文タイトルの「Persists」は「持続する、存続する」という意味。事後的に知らせても、プラセボ効果が持続するという結果を表現しています。
一転、今回は紹介する成果は「初めから偽薬であると知らせる」タイプの実験。より興味深い検討だと言えるかもしれません。
研究概要
さて「Pain」誌上で公開された試験の概要を、プラセボ効果の学際的研究機関であるPiPSが所属する機関のプレスリリース(16/10/14)に沿って追ってみましょう。
成果
今回の大きな成果は、冒頭より述べている通り、“常識”を覆したことにあります。
長い間、ニセモノを本物の薬だと信じる患者の(誤った)信念がプラセボ効果の発現には重要だとする考えが従来型の医療的知見では支持されていました。ところが、腰痛の伝統的療法と偽薬投与を組み合わせると、伝統的療法のみの場合に比べ痛みがよりよく軽減しました。
PiPSの研究者であり、論文の共著者であるTed Kaptchuk氏は「長い間そうだと考えられていたのとは異なり、プラセボ効果は必ずしも患者の誤った期待に誘発されるのではない。患者-医療者という立場が確立していれば偽薬を服用するという行為は、たとえそれが偽薬であると分かっていても、症状を軽減し、また症候に関わる脳部位に働きかけ得る儀式的行為となる」旨、述べています。
方法
本研究は、ポルトガルのリスボンにあるInstituto Superior de Psicologia Aplicada (ISPA)にて行われました。“placebo pills”はBial社 (Porto, Portugal)により提供されています。
97人のひどい慢性腰痛を抱える患者が登録看護師および痛みの専門家により選別および診察され、全員に対して15分間のプラセボ効果講習が実施されました。
その後、「通常治療群(the treatment-as-usual (TAU) group)」および「プラセボ開示群(the open-label placebo (OLP) group)」の2グループに無作為に振り分けられます。
両グループ共に8割以上の患者が痛み止めとして、既にNSAIDS(非ステロイド性抗炎症薬)を服用していました。モルヒネなどが含まれるオピオイド系の鎮痛剤を服用している患者は、本試験の対象から外されています。
通常治療群(TAU)、プラセボ開示群(OLP)の両グループ患者には、現状の服薬習慣を続けること、ただし服用量を変更しないことや主要な生活スタイルの変更を行わないことが求められました。例えば、痛みに関わる運動療法の実施や新規医薬品の服用をしないよう要請されました。
さらにプラセボ開示群(OLP)に関しては、“placebo pills”とラベルされた薬瓶から、1日2回2カプセルを服用するようにとの指示がなされます。“placebo pills”はその名の通り、薬効成分は一切含まず微結晶セルロースのみを含むカプセルです。
治療前後の主観的な痛みを1から10の数値(1-10スケール;10を最大の痛みとする)で被験者自身が評価し、治療の効果を定量的に測定します。
結果
3週間後、通常治療群(TAU)では通常の痛みが 9% 軽減し、痛みの最大値は 16% 軽減しました。
一方、1日2回2カプセルの“placebo pills”を3週間服用し続けたプラセボ開示群(OLP)においては、通常の痛みおよび痛みの最大値がいずれも 30% 軽減しました。
またプラセボ開示群(OLP)では痛みに伴う身体障害に関して 29% の下落がみられましたが、通常治療群(TAU)ではそういったことは観察されませんでした。
考察
先のTed Kaptchuk博士はこう述べます。
「これは治療に浸ることの効果だ。医師や看護師とのやり取り、服薬など、ヘルスケア・システムが提供する儀式や象徴に身体は反応する。」
筆頭著者のClaudia Carvalho博士のコメント。
「我々の発見は、騙しの要素が無くともプラセボ効果を発現せしめることを示した。参加した患者らは、痛みに対する今回の新規アプローチでどんなことが起きるか興味津々だったし、楽しんでもいた。彼らは権限を与えられたと感じていた。」
Kaptchuk博士はさらに、痛みや疲労、抑うつ、一般的な胃腸や尿の症候など、自己観察を基礎とする他の症状や訴えについても、オープンラベル療法によって変化を起こしうるかもしれないと推察しています。
ただし。
「プラセボによる介入によって腫瘍が小さくなったり、動脈の詰まりが取れたりするわけではない。プラセボは万能薬ではなく、気分を良好にするものだが、確かに好転する。我々の研究室では、プラセボをゴミ箱に投げ捨てるなと言っている。それは医療上の価値があるもので、統計的に有意に、患者を楽にする。それこそが医薬品が意味を為す上で欠かせないものだ。」
ともコメントしています。
再び、筆頭著者Claudia Carvalho博士のコメント。
「医療提供者との温かみと共感のある関係性なしにプラセボを服用しても、効果はないだろう。」
その他
今回の成果にはサンプルサイズ(<100人)の限界がありますので、断定的な物言いはできません。さらなる研究の必要性を著者ら自身が訴えています。
その他、助成や資金提供等の詳細はプレスリリース(英語、リンク切れ)をご覧ください。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
プラセボ効果については主に日本国外で精力的に研究が進められています。それも、医療上の応用・積極活用を念頭に置いた研究が行われているようです。
ダマしダマされ懸念の払拭
偽薬の医療応用に関しては「だまし」に関わる倫理的懸念が大きな足かせであると考えられ、またそのように主張されてきました。
ところが。
オープンラベル、すなわち偽薬であることを明示的に示しても効果が現れるのだとすれば、「だまし」の必要性および懸念はなくなってしまいます。
しっかり対話
また被験者に対して実施された「15分間のプラセボ効果講習」の内容が気になるところですが、医療者との信頼関係構築や期待感形成に寄与したと研究者らは考えているようです。
実に気になりますね、「a 15-minute explanation of the placebo effect」。
歴史等の一般論から、様々な具体例まで。15分あれば色々なことが話せそう。
今後の期待
さて今後もきっと、様々な症状に対して「偽薬だと分かっていても、効く」と今回同様の試験結果が出てくるでしょう。
当サイトを運営するプラセボ製薬株式会社では、そうした知見の蓄積がより幅広い偽薬の活用につながると信じています。
さらには、医薬品に頼らずとも自身の身体が自ずからより良い状態を取り戻せるのだと信じられることは、自分の身体を信頼する上で不可欠であろうとも思われます。
プラセボ製薬株式会社が提唱する健康観もまた、そのことによって裏打ちされ確かなものになると期待して。
追記
2016年10月19日現在、以下のリンク先より論文がダウンロードできます。ご興味がありましたらぜひご一読ください。
Cláudia Carvalho, Joaquim Machado Caetano, Lidia Cunha, Paula Rebouta, Ted J. Kaptchuk, Irving Kirsch. Open-label placebo treatment in chronic low back pain. PAIN, 2016; 1 DOI: 10.1097/j.pain.0000000000000700
また英語ながら、当論文に対する批判記事も出てきました。
Bubbles of nothing are not something. Let’s not get too excited about non-deceptive placebo use
被験者数が少なすぎる、試験期間が短すぎる、また「ホーソン効果」と呼ばれる実験参加者の気分高揚を過小評価しているなどと指摘しています。論文を批判的に読み込みたい方へ、ご参考まで。