『影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか』(ロバート・B・チャルディーニ著、誠信書房)は、優れた社会心理学の研究書として広く知られています。
社会心理学のことを学ばなければ、あなた自身の行動を決定する外的/内的な要因に気付くことは難しいでしょう。
権威の傘
例えば、普段の生活の中で権威によって動かされたとはっきり自覚することはあまりありません。
しかし、多くの人は気付かぬうちに権威の傘にすっぽりと収まって生きています。
医薬品も同様です。我々が信じている医薬品そのものの価値は、権威によってどれほど大きく見えているのでしょうか?
今回はロバート・B・チャルディーニ氏が示した人の権威の象徴である「肩書き」、「服装」、「装飾品」の3つがどのように医薬品にも当てはまるかを見てゆきましょう。
権威の象徴その①:肩書き
医薬品の本来の価値は、薬効成分そのものにあると考えられています。しかし薬効成分そのものは目に見えませんし、たとえ化学構造が目に見える形で示されたとしても、何に効くのかは全く分かりません。
それは患者だけでなく、医師にとっても同じこと。
製薬会社は薬効成分に商品分類名(および、それに基づく商品名)を与えることで、医薬品としての権威を纏わせています。
例えば、下痢止め薬、整腸剤、抗うつ剤、降圧剤、抗がん剤、…。これらの効能・効果を指し示す商品分類名が無ければ、それが何に効くかは大抵の場合、使ってみても分かりません。
逆に何でもないものに商品分類名のラベルを貼り付けてみるとアラ不思議、本当にラベル通りの効果を示す場合があることが知られています。
皆様ご存知、これがプラセボ効果です。
権威の象徴その②:服装
薬効成分は分子レベルの大きさしかなく、そのまま人間が服用することは不可能です。
そこで、医薬品として立派な見た目にするため賦形剤を加えて成形された後、PTPシートや化粧箱などで包装されます。
要するに、立派なおべべでおめかししなきゃ外に出してはもらえない、というわけです。
もちろん医薬品の成形、包装は運搬、配布が容易で服用しやすくすることが第一義の目的であるのは間違いありませんが、それが薬に見えるようにすることも同じくらいに大事な目的と言えるでしょう。
お菓子に見える薬は、薬に見えるお菓子より効かない。
これが揺るぎない真実であるとは言いませんが、お菓子か薬かを判断する実用的な要素が服装(見た目)にしかないことは事実でしょう。偽造医薬品が蔓延る原因もここにあります。
権威の象徴その③:装飾品
医薬品には必ず説明書きが添付されます。効能・効果はもちろん、用法・用量、起こりうる副作用、など、その薬に関することはほとんど全て書かれています。
添付文書に書かれてあることを二言で要約すれば、以下のようになるでしょうか。
「オレは医薬品だ。文句あっか!」
医師にとっての医師免許と同じく、警察官にとっての警察手帳と同じく、それを身に着けたり額縁に入れて飾ったりしていさえすれば面目は十二分に保たれるのが装飾品たる添付文書の役割。
添付文書を見るのは主に医師、薬剤師、看護師でしょうが、彼らの医薬品に対する信頼の源泉は箱に記載された製薬会社のロゴマークと添付文書です。患者の場合とは異なりますが、実用的にはやはり見た目で判断するしかないのです。
その他の権威あるもの
上記は直接的な例ですが、公的機関(厚生労働省)の許認可、医療界の権威者である医師、あるいは添付文書に示された効能・効果の証拠となる科学論文など、医薬品は間接的にも多くの権威の影響下にあります。
「医薬品の本来の価値は薬効成分そのものにあって、薬効成分以外にはない」と考えるのはいささかナイーブに過ぎるかもしれません。医薬品たるオーラが無ければ、本来の価値も失われる可能性が大きいのです。あるいは、本来の価値はそこにはないのかも?
無理を承知で自分を大きく見せようと頑張っている医薬品へ、はたまた医薬品業界の中の人に対してプラセボは言います。
「肩の力を抜けよ。プラセボでも飲んでさ。気楽にいこうや。」