『食戟のソーマ』と味覚音痴とプラセボ効果

週刊少年ジャンプ誌上で連載中の学園グルメ(バトル)マンガ『食戟のソーマ』は、以下のような世界観を前提としているようです。

うまいものはうまい。もっとうまいものは、もっとうまい。

マンガ中に出てくる旨そうな料理の数々は読んでいるこちらの食欲まで刺激して、もうたまらん状況になったりします。

さらに、料理そのものや味わいがことさら官能的に表現されていたりして、「少年漫画、かくあるべし!」と思わずにはおれません。

料理界の天才たちと凡人たち

マンガ作品の多くは主人公が天才か、主人公の周りに天才的な能力を持った登場人物がうようよいたりします。

中にはフツーを装った主人公もいたりしますが、やはりどこか超人的な能力を持っていたり。『美味しんぼ』の海原雄山然り。『食戟のソーマ』の幸平創真や薙切えりな然り。

うまいものは、食べればわかる。

料理界の天才たちにとっては、味覚を研ぎ澄ませ、個々の料理の差異を何らかの手段で明確に表現することはできて当然のこととなっています。

うまいかどうか、食べればわかる?

しかし現実世界に目を向けてみれば、味の違いを判断することは一般に思われているほど簡単ではないようです。

かつての人気TV番組『芸能人格付けチェック』において(良いものを食べていると思われる?)芸能人でも最高級の食材とフツーの食材を味覚によって感じ分けることが難しかったように。

また一部のホテルのレストランで見られた食品偽装問題(メニュー表示と実際の材料が異なる、など)が内部告発でしか発覚しなかったように。

我ら凡人たちは、こぞって味覚オンチなのかもしれません。

ワインの味わい方

うまいワインはうまい。もっとうまいワインは、もっとうまい。凄いワインは、とんでもなくうまい。

そんなウソみたいなウソの話が公然とまかり通るのがワインの世界です(悪し様に言い過ぎているかもしれません)。

ワイン通が語ること

『部長 島耕作』で関連企業に出向した島耕作は、奥深いワインの世界に可能性を見出しビジネスを展開します。

この優れたサラリーマン・マンガによると、ワイン通の楽しみはワインのうんちくを傾けることのようです。

飲む前の選ぶ段階からそのワインの産地や年代について語り、飲みながらその香りや味わいや料理との相性について語る。

うまいワインは、飲めばわかる。

ワイン・フリークたちの多くがこのように考えています。

俺には違いが分かるし、それを適切に語ることができる。ワインのうまさのなんたるかを知らぬ素人共がうだうだとぬかすんじゃねぇ、と。

ワイン通に語り得ぬこと

しかし、『「期待」の科学』で示されたワインのブラインドテイスティング(銘柄などを隠し、味だけでワインを評価する試み)のお話は、ワイン通たちの期待を裏切るものでした。

なぜなら、銘柄や価格といった味覚以外の情報によって簡単に評価が覆されてしまうことがわかったからです。

名のあるワインはうまいし、高いワインもうまい。

誰でもある程度はそうした考えを持っているかもしれませんが、本質的な問題はそのように見せかけただけでそのワインをうまいと判断してしまうことにあります。

誰かにワインを振舞う際、美味しく感じてもらうために最も必要なことは、「このワイン、実は○万円のやつでさ…」とウソをつくことのようです。

『芸能人格付けチェック』でもワインのブラインドテイスティングが行われていました。

安っすいワインをことさら詩的に褒め称える一流芸能人の姿は滑稽で大いに笑いを誘いましたが、「そうよな、ワインの味の違いなんてわからんもんよな」といった共感も含んだ笑いであったように思います。

実際のところブラインドテイスティングの良さは、違いを見分けようとして味覚に集中するその意志にあるのかもしれません。銘柄や価格に関わらず、何かを好きだと思えるその感覚が得られる機会もそうそうないので。

プラセボの味わい方

ワインのブラインドテイスティングにおける問題は、プラセボのブラインドテストでも同様に問題となります。

ブランドが薬効を決める?

名のある薬は効くし、高い薬も効く。

製薬会社や医師はその薬の薬効を分子生物学的な作用に求めがちです。ワインの価値をワインの味自体に置きたがる多くのワイン通たちと同じように。

しかし、実際には薬効成分以外の情報(銘柄や価格など)が加味されて総合的に薬効として現れます。

どのような薬も、プラセボ効果を排除することはできない。このことは、いくら強調しても強調しすぎることはありません。

薬効の半分(あるいは大半)は、プラセボ効果で出来ています。

常識を超えて

『食戟のソーマ』の舞台「遠月学園」では、最高級の料理は最高の料理人と最上級の食材から生み出されるという考え方が支配的だったようです。

しかし、町の定食屋で板前として料理の腕を磨いてきた主人公の創真くんは、最上級の食材なんかには目もくれず、ありあわせのものと優れたアイデアを組み合わせてとんでもなくうまい(らしい)ものを作ってしまいます。

名のある料理人よりもうまく、高い食材よりもうまい。

失敗を恐れない柔軟な発想で料理界と学園の常識を覆す創真くんの活躍っぷりは、権威に従いがちな我ら味覚オンチの料理感を変革しつつ官能的な表現でもって食欲中枢を大いに刺激してくれます。

御上がりよ!