『世界最高のバイオテク企業』アムジェン元CEOの効きすぎる薬の話が面白い

かつて、バイオテクノロジーが隆盛を誇り医療を根本から変える期待がもたれた時代がありました。今ではその限界が見えつつありますが、既に世に出た画期的なバイオテク由来の医薬品の中には文字通り世界を変えたものがいくつもあります。

アメリカが誇る世界最高のバイオテク企業、アムジェンは1980年代から90年代にかけて「エポジェン」と「ニューポジェン」により生物学的製剤を科学的かつ商業的に成功させ、巨大製薬企業(ビッグファーマ)として現在でも世界にその名を轟かせています。

2015年に発刊された訳書『世界最高のバイオテク企業』はアムジェンの元CEOである著者ゴードン・バインダー氏が描く、アムジェンの驚嘆すべき30年史です。

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アムジェンとは?

アムジェンは、日本最大規模の武田薬品工業を上回る売上規模を誇る米国の製薬会社。本書中にも記載がありますが、大手の製薬会社に買収されることなく成長し現在でも独立を保つ世界最大のバイオテクノロジー企業です。

ここで言うバイオテクノロジーとは、主に遺伝子工学と培養細胞を用いたタンパク質発現系を指し、ヒトが持って生まれた生体構成物質を応用・改変した物質による創薬を指します。

腎臓病からくる重度の貧血、白血球減少を伴うガン化学療法、関節リウマチなどの患者さんの中にはアムジェン製品のお世話になっているかもしれません。

日本とのかかわり

本書では、度々「日本」に関する言及があります。もちろん、最近に至るまで医薬品の3大市場は「米国」、「日本」、「欧州(ヨーロッパ)」ということになっていますので、当然と言えば当然ではありますが。

日本の「キリンビール」については、当社のあるいは日本の商慣習について(J&J社と対比して…)賞賛が為されるほど、著者ゴードン氏が感銘を受けた模様。「気持ちのいい取引が出来た」と述懐しておられます。

2008年まで存在した日本法人アムジェン・ジャパンは2015年現在「武田バイオ開発センター株式会社」を経て武田薬品工業に統合され、アムジェン社としてはアステラス製薬をパートナーとして「アステラス・アムジェン・バイオファーマ」を設立しています。

医薬品の世界市場における日本の地位はまだまだ高く、また創薬という観点で言えば2015年にノーベル医学・生理学賞を受賞された大村智さんを引き合いに出すまでもなくトップランナーの一員と言えるでしょう。

効きすぎる薬のはなし

さて、当ブログにとって本書のハイライトはプラセボ対照試験に関するもの。

プラセボ対照試験とは、効果を実証確認したいホンモノの薬と、それと見分けのつかない偽薬(プラセボ)とを用意してどちらか分からないように投与し、その効果を比較検討する試験です。

このように面倒なことをするのは、効くと思えばニセモノのクスリでも効いてしまう現象(プラセボ効果)があるためで、本物の薬と認められるためにはプラセボ効果以上の効果がなければいけないとされているからです。

市販される医薬品のほとんどはプラセボ効果以上の効果があると(一応のところ)認められた本物の薬ではありますが、その差が微々たるものであることも多く、明らかに実感される差はなくとも複雑な統計解析によってようやく見分けられる差があると証明される場合もあります。

もちろん、効果に差がないとされ臨床試験後に開発中止が決定された医薬品の数は世に出たものより圧倒的に多く、プラセボ対照試験は現在医薬品開発が難航している主要な原因となっています。

アムジェンの「エポジェン」

さて当のアムジェンは1980年代、「エポジェン」の開発に全精力を傾けていました。「エポジェン」は遺伝子組み換えエリスロポエチンを有効成分とする医薬品。

エリスロポエチンはヒトの腎臓から分泌される造血ホルモンであり、赤血球の産生を増大させる働きを持っています。末期腎臓病の患者は腎臓機能の低下・ホルモン分泌細胞の壊死によりエリスロポエチン分泌が障害されるため、貧血状態になります。

アムジェン社の「エポジェン」は、外部から人工のエリスロポエチンを注射して入れることにより赤血球の産生を促し、貧血状態を解消することが期待されていました。

臨床試験

医薬品開発の最終段階では対象とする複数の疾患患者に、実際に臨床薬を投与してその効果を確かめます。先述のプラセボ(偽薬)を用意し、ある患者には「エポジェン」を。別の患者には、有効成分を含まないプラセボを。

この時大事なのは、患者も、薬を投与する医療従事者も、誰が「エポジェン」を投与され、誰がプラセボを投与されているか知ることができないようにすること(二重盲検化)です。

知ってしまえば、「本物の医薬品だからきっと効くだろうな」との思い込みが結果を歪めてしまうからです。

真に科学的なプラセボ対照試験を実施する場合、試験中も試験後も、その試験に関わった人が真と偽いずれのクスリを投与されていたか知ることはあり得ないのです。

ただ、「エポジェン」の場合は違っていました。あきらかに効きすぎていたのです。

明らかな貧血解消効果

腎臓病由来の貧血状態を示す明らかな兆候は、顔面蒼白でした。顔が青白いこと、すなわち血の巡りが悪いことが外から見て一目でわかります。

「エポジェン(EPO)」を投与された患者は、しばらくすると明らかに顔面に血の気が増しています。

「部屋の反対から見ても、誰がEPOを投与されていて誰がプラセボなのかがわかりますよ」


「どうして?」

「顔色がピンクの人とそうでない人がいるからですよ」

「エポジェン」が効きすぎる程に効いていた結果でした。

こんな話、中々ありません。現代の製薬企業が年々強くなりゆくプラセボ効果に戦々恐々としているのとは、まさに隔世の感があります。1980年代末、この劇的な成功がバイオテク企業の輝かしい未来を照らしました。

2015年現在バイオテク企業が行くべきフロンティアは既に踏破されてしまった感もありますが、「エポジェン」級のブレークスルーが今後生まれる余地がないとも言い切れない(iPS細胞の活用、マイクロRNAの応用、バイオシミラー、etcが粒ぞろい)ので、本記事では深追いしません。

非盲検化の問題

ここで一つ、先ほどの効きすぎるくすり「エポジェン」治験の後日談として著者ゴードン氏は懸念を表明しています。

ところで、インターネットは盲検試験を難しくしている。被験者の中にはオンラインチャットにアクセスして、自分がどういう状態か情報交換し、どちらのグループに入っているか推測しようとするからだ。プラセボグループに入っていると、試験への参加をやめてしまう人がいる。インターネットのおかげで、脱落率が高くなり以前よりも多くの被験者を募集しなければならなくなった。

これは、「非盲検化」として臨床試験実施における大きな課題となっています。

科学性の担保

ゴードン氏が懸念するように、バレると非常にマズイわけです。科学的妥当性を保証出来なくなるためです。

実際、明らかに効いてしまった「エポジェン」の例においても科学性は担保できていないように思われますし、他の試験においても試験終了後いずれのグループにいたかを患者に予想させる研究では、正解率が70%に迫る(バレていなければ、50%に近づく)とも言われます。

現実問題としては科学的な妥当性より臨床的な利益や恩恵を重視すべきですので、「エポジェン」に功こそあれ罪はないのですけれども。

科学にささげる姿勢

『世界最高のバイオテク企業』はアムジェンの元CFOかつ元CEO、つまりは独特な文化を持つ巨大バイオテク製薬企業の中枢にいた人の回顧録であり、その文化に触れるという意味で大いに読まれるべき優れた書物であるように思います。

アムジェンの8つの価値観が「はじめに」で述べられています。

その他すべてに優先する第一の価値観が、「科学に基づけ」

利潤を追求する営利企業にあっては蔑ろにされがちなこの科学に対する信奉は、アムジェン成功の秘訣として度々言及されます。製薬企業の関係者や薬学性には特におすすめの一冊。

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