『貨幣論』に見る「貨幣」と「プラセボ効果」の類似性

「貨幣」と「プラセボ効果」。

一見何の関連もないこの二つの現象には、ある種の相似があるように思われてなりません。

貨幣論

貨幣を扱った本が解決しようとする本質的な問いに「貨幣とは何か?」があります。

もう20年以上も前の本ですが『貨幣論』(岩井克人著、筑摩書房)はそうした問いにこう答えます。

貨幣にもし本質があるとしたならば、それは貨幣には本質がないということなのである。

『貨幣論』(後記、222ページ)

はて、「貨幣」を「プラセボ効果」に書き換えてみると。

プラセボ効果にもし本質があるとしたならば、それはプラセボ効果には本質がないということなのである。

ここで言わんとしていることが、おぼろげながらでも伝わると期待して。

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貨幣の本質をめぐる仮説に対する批判

さて、この唐突な言い換えは『貨幣論』全体を「プラセボ効果論」として読んでみることで幾分の蓋然性を増すように思われます。

貨幣法制説や貨幣商品説についてここで詳しく触れることはしませんが、『貨幣論』における両者への批判は医薬品の効果に対する批判と読み替えてみましょう。

そこにある神話は、現代においては分子生物学の言葉で語られる薬理学的仮説にそっくりです。

アルツハイマー病のアミロイド仮説、うつ病のモノアミン(セロトニン)仮説、癌の免疫チェックポイント仮説、その他その他。

もちろん分子生物学的な議論が事の真相を暴き、如実な効果を持つ医薬品として結実した例もあるでしょう。

しかし、医薬品候補が臨床試験においてプラセボ(偽薬)と同等の効果しか持たなかったと証明される例は、そうでないもの(効果の有意性が確立されるもの)の数を上回ります。

それぞれの医薬品候補には、依って立つ分子生物学的基盤があった(はず)にも関わらず。

免疫の仕組みを利用したある革新的な医薬品には分子生物学的に完璧な仮説があったにもかかわらず、治験を乗り越えることができませんでした。

このことは、医療が寄って立つ基盤(分子生物学的に説明できる何かが医薬品の効果の本質であると考えること)の脆さを物語っているのではないでしょうか。

もちろん、本質の存否に関する仮説の有無によらず、科学的な検証が効果のなさを見出すことができるというのは一つの達成ではあると思いますけれど。

自然は真空を嫌い、人間は空虚をきらう。貨幣商品説も貨幣法制説も、結局、貨幣という存在の中核にある空虚に耐えることができずに、それをなんらかの実体で埋めつくそうとするこころみにすぎない。「神話の目的」とは、本来的に解決不可能な「矛盾を克服してしまうための論理的なモデルを提供することである」と、どこかでレヴィ・ストロースは書いている。貨幣商品説も貨幣法制説も、まさにこの意味での「神話」にほかならなかったのである。

『貨幣論』(ハードカバー版、99ページ)

ホンモノ性とニセモノ性

次に、『貨幣論』第三章、貨幣系譜論における「本物」と「代わり」についての議論を見てみましょう。

ここでは金の価値という「本物」に対し、鋳貨や紙幣、あるいは電子マネーや仮想通貨など無価値な「代わり」でしかないはずのものが、「本物」の貨幣として流通するという不思議に着目しています。

不思議は不思議のままであり続けるにもかかわらず、貨幣は既にあるという否定しえない歴史的事実から「奇跡」や「神秘」などの言葉を用いて説明不可能性を伴う既成事実と捉えられています。

偽薬が属すると考えられている「ニセモノ」の世界も、「代わり」の一変種と考えることができるでしょう。

「ホンモノ」を本物たらしめるのは「ニセモノ」の存在であり、なおかつ「ニセモノ」を贋物たらしめるのが「ホンモノ」の存在であるという二重依存構造の循環論法。はたまた「ニセモノ」が実効力を有するというその不可思議。

ここに貨幣とプラセボ効果のあり方について類似点を見出すことは、容易いようにも思われます。

「信じる」という狂気

『貨幣という謎―金と日銀券とビットコイン』(西部忠著、NHK出版新書)という新書に貨幣の成立要件が記載されています(Amazonの書評より引用)。

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曰く。

  • 観念の自己実現 (観念が現実になること)
  • 慣習の自己実現 (世界は変わらないと信じること=安定要因)
  • 予想の自己実現 (数学的帰納法のような合理的な思考=不安定要因)

同様のことは『貨幣論』でも触れられますが、結局のところ、貨幣を貨幣として他者から受け取ることができる(=成立する)ことの根底には「信じる」という心の働きがあります。

信じたから実現したのだ、と。

このことはもちろん、即座に、プラセボ効果の例に適用できるでしょう。

偽薬がある種の有効性を呈する医薬品様のものとして成立するのは、その効用を信じるからだ。

この言明は、一般的なプラセボ効果の理解と恐らくは合致するはず。

信じるって何なのか?、とさらに疑問が湧くのですが、それはまた先の課題としておきましょう。

未来の不明さに賭けてみたい

いかがでしたでしょうか。

「貨幣」と「プラセボ効果」。この二つの現象に何らかの関連性や類似性は見出せそうでしょうか。

無理がある?

そうかもしれません。

もしかすると、あるのかも?

そうかもしれません。

ここで何かを決めてしまう必要はありません。今後「貨幣」を扱う書籍を読まれる際に、「プラセボ効果」について思い致してもらえることを期待して…。

蛇足①:ビットコインの価値の本質

『貨幣論』が最先端の貨幣として持ち出すのは、エレクトリック・マネー。預金通帳に示されたその単なる数値などを指しているようです。

そこには「代わり」としての(ほぼ無価値な)紙幣が一応は保持していた実体すらも無くしてしまった、純粋に無価値の電磁的記録がやはり貨幣として成立するという意味で象徴的に持ち出されています。

が、時代は下り、そうした電子マネーが何の疑問もなく活用されている昨今、ビットコインを筆頭に「仮想通過」なるものが新たに話題となっています。

さてこのビットコイン。面白いことに、『貨幣論』中で批判されたマルクスの労働価値論がとてもあからさまに「採掘(マイニング)」として活用されています。

話はずれますが、医薬品の価格を決定するのは原料価格や工場の操業費用ではなく、主に研究開発費であるということを考えれば、ここにも労働価値説的な何かを見出すことができるかもしれません。

採掘に多大費用の掛かるゴールドだからこそ、高価格が裏付けられると。

蛇足②:「虚」なるもの

もし「貨幣」に関する研究が「プラセボ効果」の研究に活かすことができるなら、その逆もまた然りであろう。

そう推測することができます。

プラセボ効果を「虚」なるものと想定するとき、今はまだ誰も聞いたことがない何がしかを言えるようになるかもしれない。

そんな風に考えています。

もし、「貨幣」もまた「虚」なるものとして定式化できるのならば…。

蛇足③:スライドパズルの穴

スライドパズルの穴をどうしても思い起こしてしまうんですよね、貨幣に関する本を読むと。どちらかと言うと、こちらの立体パズル的なモノですが。

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貨幣のアナロジーとしては秀逸ではないかと。

このパズルの本質が「パネルの無い部分がある」ことだとすれば、それはもう貨幣のモデルになりえているように感じます。