持久走のパフォーマンスに対するプラセボ注射の効果

プラセボ効果で持久力が向上?

2014年11月19日にMedicine & Science in Sports & Exerciseで発表された、持久走の運動能力に対するプラセボ効果を検証した論文を紹介します。

Ross R, Gray CM, Gill JM.
『The Effects of an Injected Placebo on Endurance Running Performance』

要約はPubMedからご覧になれます。

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研究の概要

目的

英国グラスゴー大学の研究者らは、持久走の運動能力に対するプラセボ効果の大きさを定量するため、実際の試合に見立てた直接対決方式におけるプラセボの効果を検証しました。

使用したのは、造血作用を亢進させ酸素運搬能力ひいては持久力を向上させるとされるホルモン組換えヒトエリスロポエチン(r-HuEPO)と同様の効果があると称した注射型プラセボ「オキシーRBX(OxyRBX)」

方法

日頃から持久走のトレーニングを積んでいる同好会レベルの男性15人(平均年齢27.5歳)が実験に参加しました。10 km走の個人ベストタイムは39.3±4.4 分(平均±SD)。

7日間のコントロール(対照)期間あるいはプラセボ期間の後、200 mの室内トラックで3 kmレースを行って記録を採りました。

プラセボ期間中、彼らは生理食塩水をOxyRBXだと信じて、彼ら自身で皮下注射しました。コントロール期間中は特別なことは何も行いません。

試験の間中ずっと実験参加者の感じ方と経験に関する定性的評価もまた記録され、実験終了時には半構造的面接が実施されました。

半構造的面接とは、予め用意された質問をしつつ状況に応じて質問を変えていく手法です。

結果

コントロール期間の前後で3 km走のタイムは平均1.82秒速くなったのに対し、プラセボ期間の前後では平均して9.73秒もタイムが短縮していました。

また参加者は、プラセボ期間中に肉体的負荷が減少し、潜在的なやる気や回復力が増したと報告しています。

信頼やOyxRBX(プラセボ)に対するポジティブな期待とトレーニング時の肉体の変化に対する感じ方が一致するといった精神面も競争能力の向上に影響したようです。

結論

コントロールと比較して、プラセボ注射によって3 km走のタイムが1.2%向上しました。

この変化は明らかに運動競技に関わりますが、実際に持久力が向上するとされるr-HuEPOの効果よりは小さいものでした。

また定性的データは、プラセボが運動中の肉体的努力の軽減と潜在的モチベーションの向上をさせたようであるということや、意識的/無意識的なプロセスの両者がプラセボ反応に影響を及ぼしたことを示しています。

海外での報道から

マラソン、自転車、水泳…などなど各種スポーツ競技のwebサイトが今回の研究成果に関する記事を掲載しています。面白い記載をいくつか採り上げてみましょう。

実験参加者たちは、同じくらいの成績を有する7~8人で3 kmレースを行いました。レースの勝者にはおよそ50ドルの賞金が与えられ、参加者たちのやる気を引き出したと考えられます。

『Placebo Improves Performance by 1.2% – Swimming Science

本気を出させないと実験はうまくいかないですもんね。手を抜かせない手法に、抜かりなし。

実験に参加した研究者は言います。「今回の結果を2012年のオリンピックに関連付けてみると、1,500 mから10,000 mまでの全てのトラック競技においては、男女双方で、金メダリストから4位選手までの記録の差が1%以下なのです。」

『People Who Think They’re Taking EPO Run Faster | Runner’s World & Running Times』

一部の上位者がプラセボ・ドーピングを用いていれば順位の大逆転もあり得た、と。そして証拠は見つからない…。

研究に参加したラムジー・ロスは、どのように心理と生理機能が相互関与し実際のスポーツ競技におけるパフォーマンスに影響するのかを考えるにあたり、今回の研究が有用な洞察を与えてくれると言います。

「このことは、本当のスポーツ競技に真に関わってきます。例えば、努力と潜在的意欲に関するその人の捉え方を操作することが身体的パフォーマンスに有意に影響を与えうることを本研究は示しています。」とロスは言いました。

「次に解明したい課題の一つは、本研究の参加者よりも速い、世界トップクラスのランナーでも同様の効果があるかどうかを調べることです。」

研究チームは現在、ヒトの限界を理解することによって、今回の初期の研究を更に前進させようと試みています。

「実際の現場で、また禁止薬物を用いずに、いかにして身体能力を向上させるかについての理解を深めることは、ヒトの身体的な限界を知り、より安全かつ合法的に限界を越える方法についてのより良い理解を得る助けとなるだろう」とロスは言います。

「加えて、このような研究が制裁を受けるような物質を使用せずとも意義ある能力向上効果が得られる可能性を示すことで、アンチ・ドーピング運動を助けることになる」

『Placebo boosts runners’ performance | Laboratorytalk』

世界記録を更新するには、プラセボを使わなければならない

そんな結論に至る可能性だって十分にあります。

その時、プラセボ・ドーピングはどのように扱われることとなるのでしょうか?