ニセ医薬品の偽テレビCM動画が秀逸すぎるので日本語解説

プラセボ効果に限らず、インターネット上の科学的な動画コンテンツに関しては圧倒的に英語のものが優れています。お金のかけ方、目的、視聴者数が日本語の場合と全く違うためです。

ただ、日本語話者にとって英語で提供されるコンテンツは無視か、よくて敬遠されることが多い気がしますので日本語での解説を試みたいと思います。

動画の内容

さて本題の動画を詳しく見てみましょう。

提供元の紹介に引き続き、自己紹介から始まります。ジョセフ・ハンセン医師、医学博士。

若いお医者さんですが、ちょいと立ち止まって考えてみれば、これは恐らく俳優さんでしょう。もちろん、「Dr.」や「Ph.D.」などの資格があるのかないのか、わかりません。これだけ多岐に、かつ流暢に科学的事柄を語るところから見れば、有資格者かもしれません。

問題は、既にプラセボ効果を発揮せしめる「権威」の笠をこの人が被ったということです。地位や肩書は、その人が語ることの「説得力」に影響します。心理学的に。プラセボ効果的に。

早速吹っかけてくるこの感じ。実に面白い。

いろんな症状に有効

続いて、プラセボ効果が効くことが科学的に証明されたとして、20個以上の症状が列挙されます。

  1. Boredom:倦怠
  2. Headache:頭痛
  3. Fatigue:疲労
  4. Blurred vision:視力障害
  5. Deja vu:既視感
  6. Dad bod:お父さん体型
  7. Uncanny valley:不気味の谷
  8. Receding hairline:毛の抜け上がり
  9. Star wars overhype:『スターウォーズ』を大げさに騒ぎ立てる
  10. Dihydrogen monoxide intolerance:一酸化二水素不耐性
  11. Acid reflux:呑酸(どんさん、口の中に酸っぱさが広がること)
  12. Tooth decay:齲蝕(うしょく、虫歯のこと)
  13. Post-micturition convulusion:排尿後痙攣(けいれん、おしっこ震え)
  14. Chronic back pain:慢性腰痛
  15. Toenail goblin:足指の小悪魔って…水虫?
  16. Binge watching:連続ドラマなどを一気見すること
  17. Climate change denial:気候変動の否定
  18. Restless leg:むずむず脚
  19. Popped collar:ポロシャツの襟立て
  20. Obsessive selfie disorder (OSD):強迫性自撮り障害
  21. Hypochondriasis:心気症(しんきしょう、思い込み病)
  22. Antoypochondriasis:抗心気症(接頭辞は「anti-」?)

ガンガンぶっこんでくるこの感じ!

病気じゃないよね?みたいなのがたくさんあって面白い!

「一酸化二水素」ってH2Oのことで、つまりは水ですからね。英語圏では知られたジョークです。

オシッコした後に震えちゃう現象にもプラセボ効果が効くとか、ドラマのイッキ見に効くとか、スマホでの自撮りをばっかりしている人を病気呼ばわりするとか、ネイティブの英語話者ならしょっぱなのこの部分から既にニヤケながらこの動画を観ることになるわけです。

いかに「オモシロさ」にこだわっているかが分かるでしょう。

プラセボ効果の科学的探究(1:14~)

ビーチャー医師の発見と効果の記述

第二次世界大戦中に北アフリカの戦場で軍医として活躍したH.ビーチャー医師の話が紹介されます。

極めて真面目なこの話題は、先ほどのニヤケとは打って変わって、「興味深い」という意味での「オモシロ」へと導いてくれます。

戦場では傷ついた兵士の数に対して投与できる鎮痛薬の数が圧倒的に不足してしまいました。そこでやむなく、仕方なく、鎮痛成分を含まない「生理食塩水」を注射したところ、兵士たちからは安堵の声が漏れます。

「ふぅ、痛みが治まったぜ…」

驚いたビーチャー医師は、戦後、「偽りの薬」によって様々な症状が治癒したように見えるこの不思議な現象をラテン語から取った「プラセボ効果」として研究をすすめました。

プラセボとは?

プラセボを「偽薬」として狭義に捉えてみれば、偽薬とはホンモノのクスリに見た目を似せて作り、薬効成分だけを含まないニセモノの薬です。

動画内でも紹介された論文によれば、プラセボの成分は特定のものではなく、また科学研究に用いられる「プラセボ」が実際なんであるのか開示する例は8%に留まるとのこと。

ただ、現在ではプラセボ効果の解明を主目的とする研究もあり、こちらでは「プラセボ」の語が何を指すのか積極的に示される例が多いように思います。

続・プラセボとは

プラセボ効果の強度は、プラセボの見た目・剤型によって変化します。

錠剤よりは、カプセルが。カプセルよりは、注射が。注射よりは、機械でより強くなる。いずれも、効かないはずのものであるにも関わらず。

さらには、患者に対する医師の親密で時間を掛けた語り掛けがプラセボ効果を生じさせることもあって、すでに「偽薬」の語義の範囲を超えていると言えるでしょう。

また、薬剤2個になり、安いジェネリックよりは高価な先発薬の方が、さらにはファンシーな包装とそれっぽい薬剤名が与えられた方がプラセボ効果が強力になる。

我々の持つ、洗練された医療行為に対する期待感が関係していると考えれれています。

優れたプラセボを求めて

睡眠薬としては青色のプラセボが、興奮剤や鎮痛剤としては赤色のプラセボが、抗うつ剤としては黄色のプラセボがより良く効く。もちろんいずれにも薬効成分と考えられるものはないのに。

不思議ですね。

ただの思い込み?(2:53~)

プラセボ効果を「思い込み効果」として矮小化し、心理的な作用、移ろいやすい気分を変調させる主観的な効果として捉えることがしばしばあります。

簡易・簡便な説明としては、その用を果たすでしょうけれど。

脳で起こる客観的変化

モルヒネ様の効果を持つ生理活性物質オピオイドや、気分形成に関わるドーパミンなど、脳内の物質が実際に放出されたりして、高次脳機能を調節すると言われています。

ただし、ガンを縮小したり、外傷を癒したり、身体の欠損部位を再生したりといったことが不可能であるという、プラセボ効果の限界があります。

臨床試験(3:33~)

製薬企業が新薬を販売しようとする際、プラセボ対照試験で効果を実証し、保健機関より承認を受けなければなりません。

プラセボ効果よりも効果がある、すなわち真の効果があるので世に出すことには価値がありますよ、と証明しなければならないのです。

奇妙な傾向

しかし、プラセボ対照試験をパス(通過)して承認を受ける薬の数は年々減少しています。なぜでしょうか?

プラセボ効果が徐々に強くなる、という奇妙な傾向がそこにはあります。しかもアメリカ合衆国に限り。

その原因の一端は、米国の他はニュージーランドでしか認められない医療用医薬品の一般視聴者向けコマーシャルが関係しているのかもしれません。

偽のくすり、贋のコマーシャル(4:03~)

CM内容

CMでは精神、および身体の諸症状の有無が問いかけられます。

途中、「Antohypochondriasis」とか、「Invisible illness disorder(略してIID)」にも効くと謳われます。

ちょっと脱線

前回の記事でも紹介しましたが、Hypochondriasisは「心気症(しんきしょう、思い込み病)」という意味だそうで。それにAnto-の否定接頭辞(らしきもの)がついています。

「Antohypochondriasis」でググってみても引っかかってこないので、「Anto」単独で調べてみると、以下の用例が見つかりました。

antodontalgic
【名】
歯痛止め(薬)
【形】
歯痛止めの

『英辞郎 on the WEB』

さらに「antodontalgic」を調べてみたらば、以下の記載が。

備考 antiodontalgicとも言う

『Weblio英語表現辞典』

ふむ。「Antiohypochondriasis」だと引っかかりませんが、「Antihypochondriasis」だとググれば見つかりますね。恐らくこれでしょう。

閑話休題

さて心気症(hypochondriasis)とは、病的な状態にあると患者自身が思い込みそれを訴えることを言うようです。その否定形、すなわち病的な状態にあるのに、決して病気ではないと思い込み積極的な治療を避ける症状とでも言いましょうか。

また「Invisible illness disorder」を直訳してみると、「不可視の 病気 障害」すなわち原因不明の不定愁訴みたいなものでしょうか。それに「IID」みたいなそれっぽい病名をつけて治療可能であると謳う。

一種のジョークですね。もちろんこのCM動画自体がジョークみたいなものですので、Joke of joke的な。

医薬業界は、何だって、どんな感覚だって病気に仕立ててしまうことを暗に皮肉る意図があるかまでは分かりませんけれども。

『contradictol』の御出まし

これら諸症状を治癒すると謳う医薬品、『contradictol(コントラディクトール)』。これは全くウソの薬です。

でも、こんなCMがテレビで流れたりしたら、結構売れそうじゃないですか?

実際、アメリカで流される医療用医薬品のCMが、消費者・患者にとっての医薬品に対する期待を煽るがためにプラセボ効果がより出やすくなっていると推測されています。

もっと奇妙なプラセボ効果(4:57~)

プラセボ効果の研究では、さまざまな現象が認められています。我々の想像を超えて。

プラセボだとわかっていても

ある研究では、プラセボ(偽薬)だと予め患者に伝えた上でプラセボ効果が現れるかを確認しました。

なんと、効果が感じられたそうで。

もちろん研究室内での実験結果ということで、全ての環境でそうしたことが起こるか否かはっきりとしませんが、これは「過敏性腸症候群(IBS)」という難病の患者さんに対して行われた研究でした。

プラセボの有効成分

プラセボには有効な成分、薬効成分が含まれない。それゆえ、効かないはずだ。

この論理には我々が「治癒」という現象に対して抱く前提の誤り、というか見過ごしがあります。心理的な側面、特に「期待」と呼ぶ作用がここに働けば治癒現象が起こりうるのだ、と考えなければなりません。

プラセボの有効成分は「期待(Expectation)」だ。

そんな修辞的な表現も可能でしょう。本件に関しては、『「期待」の科学』という書籍が参考になります。

ノセボ効果の存在

もちろん未来のことは未確定なので、良い期待をすることもできれば、悪い期待をすることもできまして。

プラセボ効果には「悪魔の双子」と呼ばれる存在、ノセボ効果という対義語があります。

プラセボ医療の可能性(5:27~)

プラセボを用いた医療の可能性についても。

だましの倫理

「deception」という英単語があります。医師が吹き出し内で「suckers.(マヌケども)」と思いながら神妙な顔つきで手渡すソレは、プラセボ(偽薬)に他なりません。

この場面で言われる“ディセプション”とは、「欺くこと」。

ヒポクラテス(hippocrates)が引き合いに出されますが、嘘はダメでしょう。倫理的に。という問題がいつだってプラセボ医療には付きまといます。

ただ多くの臨床化が広い意味でのプラセボ、例えば患者に熱心に時間を使って説明するフリをするだけでより治療効果が高められるのなら、どうしてそれをしないの?とも。

未知の部分で

結局のところプラセボ効果とは、科学的に説明のつかない治癒現象に取り敢えずの説明を付けるために想像された概念、説明原理です。

未だに「なぜ(why)」も「どのように(how)」も分からないそれらにだって、歴史的に見ればしっかりと応用されてきたわけで。

次に病気にかかった時、あなたの中に常駐してくれているお医者さんを気にかけていかがでしょうか。

Stay curious.

キメ台詞、カッコ良すぎ…。内容とは関係ないですが欧米人の表情と話術とジェスチャーを駆使したプレゼン技術、見習いたいものです。