未病チェックを次世代健康産業の柱とするヘルスケア業界の悲観的未来予想

「未病」と呼ばれる東洋医学的概念が、ヘルスケア産業の次世代的ターゲットとなっています。

特に神奈川県が力を入れて未病チェックを産業開発しようと試み、「ME-BYO®」を旗印に事業化を進めています。「ME-BYO®」は未病産業研究会WEBサイトを運営する神奈川県の登録商標です。

我々がまだ気付いていない、気付くことのできない病的状態の兆候を未然に察知し、善き方向へ導くことでもって健康寿命を伸ばそうという訳です。

健康病の進化・深化

この未病産業が持つ暗黙の前提は以下のようなものです。

ヒトは生物として不完全である。テクノロジーがそれを補完し、完全に近づくことができる。

我々ヒトは、テクノロジーに寄りかかることでしかその生を全うできない、地球上で最も不完全な生命体とされています。

でも、本当に?

生物でなく、社会として

ちょっと考えてみればわかるように、数百万年に渡るヒトの歴史上、「未病を治す」テクノロジー不在の環境においてもイキイキとその生を全うし、現代でもその力を失うことなく存続しています。

従って、生物学的な限界を超えるものとしてテクノロジーが必要とされているのではないはず。

ということは、「未病を治す」ことがこの現代に必要であると考えられている理由は多分に社会的な要請を伴っていると考えれらます。

死ねなくなったヒト

超高齢化社会をもたらした長寿命化は、寿命と健康寿命の乖離を生み出し、これまで前提とされていた社会構造・年齢別人員構成を歪め、ありとあらゆる社会制度設計を存続不可能の谷へ突き落としました。

死ねなくなり、大量に溢れる高齢者がその生を出来る限り社会的負担を次世代に先送りせず全うするための戦略として、明治時代以来続けてきた進歩を更に推し進めようというのが未病産業の振興と言えるかもしれません。

「富国強兵」から「未病息災」へ。

あいまいな概念である「健康」を数値で見える化し、「健康」という幻想へ向かわせる永久運動へ。

「健康病」の萌芽は、至る所に…。

「健康病」的視点

国際的な保健機関が「健康」を否定語を伴い定義しています。

身体的・精神的に不調のない状態が、健康である。

「未病」産業の目指すところは、この健康概念の限定化です。

身体的・精神的に不調のない状態が、自覚的に感知されるだけでなく、ありとあらゆるテクノロジーによって証明されるならば健康である。

そしてこのことが、達成不可能な「健康」という幻想を追い求める「健康病」をさらに深化させるのではないでしょうか。『シーシュポスの神話』的苦行を強いられた「健康病」者を詳説した『健康病』という名著は絶版となっていますが、古書店で購入可能ですので、興味がありましたらご一読ください。

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身体のどこにも不調がない。これを証明するのは「悪魔の証明」です。証明不可能なのです。

「ココとココとココに不調はない。しかし、未だ見ぬアソコに病的状態が潜んでいるのでは?」という不安と恐怖が追い立てる永久運動に、終わりはありません。

いや、「死」がその最終的解決をもたらしてくれる…というのが「未病」的健康観の行き着くところのように思われます。

少し話題がそれますが、死ぬまで尽きせぬ「健康」獲得運動が生み出し、世間に提供するのは「死ぬまで尽きることのない話題」なのかもしれません。人類にとって最強、最大最後の敵が「ヒマ」であるならば未病産業は話題創出産業として肯定的に受け容れられるかもしれませんね。

取り戻すべき健康観

閑話休題。

「健康病」に陥りやすい我々ができることは、私たち自身に既に備わった感覚をもっと信じてみることです。自身の感覚に自信を取り戻すことで「健康」を目標とする視点から、「何をやるか・やりたいか」がまずあってその手段として「健康」を捉える視点へ。

健康アプリを導入したスマホが発するビープ音とバイブレーション(振動)によって外部から感知される不健康の兆しを信じるより、自分自身の感覚を信じてみる自信を。

健康談義というお手軽な永久的話題を捨て去り、「ヒマ」を「ヒマ」として受け容れる覚悟が必要でしょうが、こうした健康観の転換は仕事と遊びの境界があいまいになる今後の社会において必須であるように思います。

不安の増大をもたらす話題創出産業から、ヒマの埋め方に自由をもたらす遊びゴコロ拡大産業へ。

ヘルスケア業界は、これまでに行ってきた病気創出、病名付与、不安商法、利益追求の軛から自らを解き放つべきでしょう。そうでなければ、今以上に不安蔓延る上記の悲観的未来予想が現実となる気がしてなりません。

プラセボ製薬では健康観転換の要として、情報発信を続けて行こうと考えています。

時代の潮流

最近とみに感じることではありますが、広い意味での人生観がかつてないほどに転換しつつあるような気がします。

あー、これまで当然だと思ってたり言われてたことって、全然当たり前じゃなかったんだ!

みたいな。

この状況で未来予想することの滑稽さが自覚されはするのですが、将来を予想することの楽しみはその正確さを競うより「どれだけ見事に予想を裏切ってくれるか」に、これまた転換しつつあるような気がしています。

見えない病気を見つける「未病チェック」や、それを取り除く「未病治癒」を次世代産業の柱とするヘルスケア業界が不安増大をもたらす悲観的未来予想が、どれだけ外れるか。

内気な人間を社会不安障害を持つ病人へ、落ち着きのない子供を注意欠陥・多動性障害(ADHD)の患者へ。これまで病的状態と認知されていなかった性格的多様性に客観的(?)基準を導入することで医者が新たな病気として扱い、医薬品を大量処方することで拡大してきたヘルスケア産業の直線的外挿の結果として予想する未病産業の悲観的な未来が、どれだけ見事に裏切られるのか。

とっても楽しみで仕方がない。10年後(2025年)、笑えていますように。