カプグラ症候群とコタール症候群?プラセボ効果と認知症の脳をつなぐもの

2015年12月14日号の『週刊プレイボーイ』83ページ。橘玲さんの連載記事「そ、そーだったのか!?真実のニッポン(vol.221)」に、特徴的な症状を持つ2つの病気が紹介されていました。

  • カプグラ症候群
  • コタール症候群

脳機能に由来するこれらの症状は、人の理性の本質が自己正当化にあることを明らかにし、それゆえ、「説得」や「教育」や「啓蒙」など、IS(イスラム国)による原理主義的な洗脳を解除する方途がない・無効であることを説明付けるという内容。

プラセボ効果に、あるいは認知症の方が起こす行動にも関連があるのではないかと思われました。

シンドローム&シンドローム

カプグラ症候群やコタール症候群とは、一体どういう症状なのでしょうか?

カプグラ症候群(Capgras syndrome)

親しい間柄にある家族、恋人、親友などがニセモノだと思い込む妄想を抱き、「そっくりさんであって本人(ホンモノ)ではない」と主張して譲らない症状。

これをカプグラ症候群と言います。カプグラ医師により初めて報告されたため、この名前で呼ばれます。

交通事故などで生死の境をさまよい数週間の昏睡を経て奇跡的に回復、意識ははっきりしているのに目の前にいる両親が偽物だと言い張る。こうした例のように明確な原因があって症状が現れる場合。

また、アルツハイマー型認知症の患者さんに現れる家族の失認例のような、明らかな原因的事象があるわけでなく時間経過と共に深まる認識障害に対してもカプグラ症候群と呼ばれる場合があります。

カプグラ症候群は原因由来の病名ではなく、症状や現象に由来する病名。そのため原因は様々。この点はさまざまな型がある認知症と同じですね。

なお、カプグラ症候群の主な原因は脳の特定部位(認識領域や情動領域)における器質的疾患だと考えられています。

コタール症候群

「自分はもう、死んでいる」

北斗七星の男に秘孔を突かれたわけでもないのに、自分が既に死人であると思い込むこの妄想をコタール症候群と言います。「歩く死体症候群」とも呼ばれているそうな。

自分がゾンビになったような、そんな感覚。

この症例に出会った精神科医は患者を針で刺し、実際に血が出ることを認めさせます。

「死人は血を出さない。しかし、あなたから血が出ている。それは、あなたが生きているからだ」

患者は非常に驚くそうですが、「(…ハッ!)いやいや、血くらい死人も出します、よ?」と自らの妄想を取り繕う自己正当化の理論を主張し、自らが生きていることを頑なに否定するそうです。

その後いくら論理的に、懇切丁寧に説明を加えても、自らの精神世界にしがみつくことを選ぶ。これもまた、脳の仕業だと考えられています。

理性とは?

こうした奇妙な脳の疾患は、人の理性の本質が自己正当化にあることをうかがわせます。

自己弁護や自己正当化。

ウソのためにウソをつく人はまれでしょうが、自己弁護や自己正当化のために嘘をついてしまうことは誰にもあるのではないでしょうか?それは、高度な理性を持つヒトの宿命なのかもしれません。

認知症の観点から

認知症の方は、独自の精神世界を有すると言われています。本人の人生史を反映した精神世界を。

本人誤認、家族誤認

親しい他人を偽物と判定してしまうカプグラ症候群。これが昂進すると動物や無生物を贋物だと言い張り、はたまた鏡に映る自分自身でさえ見知らぬ他人か自分のそっくりさんだと思うようになります。

認知症の方にとって、ありがちな事例ではないでしょうか?

自分を自分であると認識するアイデンティティの感覚は、目に映るえんぴつ下描きの世界の様相に、その人だけが持つ感情の絵の具で色づけられた独自の世界観に基づき形成されます。

しかし、人の脳は下書き(認識領域)と色付け(情動・感覚領域)を別々の部位の機能としてこなすため、そこに齟齬が生じる可能性を秘めています。

本人の形をした、本人色でないニセモノ。家族の形をした、家族色じゃないニセモノ。

ボケの世界を生きることは、ニセモノ(これまでに培った本物感がないもの)に囲まれて生きることに他ならないのかもしれません。

病的状態の盲信

プラセボ製薬では、認知症高齢者等のくすりの飲み過ぎ、飲みたがり対策用の介護用偽薬として「プラセプラス」を販売しています。

その関係上、介護老人保健施設などで実際に起こる事例を耳に挟む機会があるのですが、ご本人が病的状態を盲信するコタール症候群様の方は結構おられるそう。

  • 安定剤がないと安心できず、薬を制限するとパニックになる
  • 下痢を繰り返しながら、便秘薬を大量に飲んでしまう
  • いくら説得してみても、頑なに薬を飲みたがる

そうした方にとって薬がないとダメな状態であるという妄想はしがみつくべきアイデンティティとして確立されているので、「説得」や「教育」や「啓蒙」は通じません(こうした方とISとの関係性があることを指摘するものではなく、ヒトの一般的な脳機能として言及しています。念の為)。

プラセボ(偽薬)が提供するのは、妄想を否定しない対処の方法です。

プラセボ効果とは?

偽薬とは、薬のニセモノです。偽物ですので、薬効成分を含まないただの食品です。

しかしながら、ニセモノの薬でも効くと思い込めば効くと言う現象が知られ、プラセボ効果と呼ばれています。

介護の現場でも見られる

実際に介護用途に偽薬をお使いいただくと、「すっかり信じて効果を実感されているようだ」と感想を頂く場合があります(もちろん、「プラセプラス」には効果・効能を示す成分は一切含まれておりませんし、介護用途に使えなかったとの感想も頂きます。念為)。

認知症の方は自分の生活にとって薬が不可欠であると思い込まれている。しかし、薬の意味するところは薬効成分などではなく、薬を飲むという行為に宿る安心感などのあれやこれやが不可欠であったと。

プラセボ効果を積極的に利用したいとプラセボ製薬が考えるのは、こうした例が有るためです。

思い込む、とは?

さて、親しい間柄の人をそっくりの他人だと思い込むカプグラ症候群、自分がゾンビだと思い込むコタール症候群。

ヒトが何かを思い込めるとしたら、それもまた脳機能の一表現として可能なのでしょう。

プラセボ効果はこの「思い込み」という機能について、自分自身の外にある世界の側からの働きかけによって変化させられ得ることを示しているのでしょうか?

はたまた、思い込み世界観を補強・増強しているだけなのでしょうか?

思い込みを変えるもの

思想の方向転換が日常的に頻繁に起こされているのか人生史上まれな出来事なのか、おそらくは発達した自己正当化能によって覆い隠され無意識下に処理され、自分自身の内的観察によっては知ることができません。うーむ、残念。

ただ、各種アンケート調査からわかるのは、介護は明らかに人の思想を変えてしまう体験であるようです。

この世界すべて

この世界はすべて「思いこみ」で出来ている。とすれば、私たちがすべきことは望ましい「思いこみ」を為すことだ。

人生論や幸福論を扱う書籍には、こうした主観的真実を望ましい方へ仕向ける内容のものがあります。

望ましき思い込みを達成するための第一歩は、自らが捉える世界が思い込みによって形作られ彩られていることを認識することです。あるいは、そうだと思い込んでみること。

ややこしい話なのでそう深刻には考えず、まぁ「プラセプラス」でもつまみながら思い込み効果たるプラセボ効果について思い馳せてみるなんていかがでしょう?