不安が強い子供に対して、親や周囲の大人ができることは限られています。
息子さん、娘さんに信頼を。
信頼を寄せること
もしあなたが対処法を確立されている場合、自信を持ってお子さんと接してあげてください。
無条件に信頼する
不安という得体の知れないものを小さく見せてくれるあなたの存在は、その子にとって非常に大きなものでしょう。
意識してか否かは分かりませんが、あなたが自信を持てているその根拠は、我が子に対する信頼ではないかと推測します。
ただ、娘や息子に対する信頼の根拠を問うのはナンセンス。信頼するのに、根拠は必要ないのです。
息子さんや娘さんに信頼を寄せ続けましょう。無条件の信頼は、あなた自身の行為をも勇気づけてくれます。
対処法に自信が無い場合
ただ万が一、不安を抱くお子さんの対処に困っておられるようでしたら、プラセボ(偽薬)の使いどころがあるかもしれません。
不安と言葉とプラセボ
カタチのない不安
不安に実体はなく、誰かの頭の中に概念として存在しているに過ぎません。ただ、だからこそ、その大きさが必要以上に大きく見えてしまうことがあります。
ちょっとしたきっかけで子供本人にはとても対処できないほど急激に大きくなってしまうこともあります。
そんな時、周囲の大人がその子供に対してしてやれることはあまり多くありません。
カタチのないコトバ
不安を抱える子供をやさしい言葉によって諭すことが難しいのは、言葉そのものも概念を扱う実体のないものだからです。
あなたが投げかける気休めの言葉は、不安という怪物を追っ払うには少々掴みどころがなさすぎるのかもしれません。
それならばいっそ、あなたが目の前の子どもに届けたい気休めそのものに目に見えるカタチを与えてみるのはいかがでしょうか?
プラセボ(Placebo)にはもともと「喜ばせる」とか「慰める」という意味があります。
これらの概念にカタチを与えて直接手渡してあげてみてください。
カタチのあるプラセボ
プラセボは日本語で「偽薬」とも言われています。「偽薬」と書いて、「ぎやく」。
「にせぐすり」とも読めますので少し怪しげにも見えますが、何のことはない、ただの食品です。
一般的には医薬品開発における臨床試験で用いられますが、いずれにせよ薬効成分などは一切含まないため、子どもが口にしてもほとんど害のないものです(※)。
※「ほとんど」と弱気な形容をしているのは、「プラセボ効果」の反対の効果である「ノセボ効果」の存在があるためです。
実体的プラセボ
言葉には大きな力がある一方、それを直接見ることができないという欠点があります。
カタチを与えるプラセボ
特に、既に不安の中にいる子供にとって言葉はただのヒラヒラとした言の葉(ことのは)となってしまうかもしれません。
そんな時、やさしい言葉がけと同時にプラセボを手渡してあげてみてはいかがでしょうか。
プラセボ自体はただの気休めかもしれません。しかし、それは目に見える形で手渡され、飲み込むことさえできてしまう気休めなのです。
できましたらぜひ、ご一緒に飲み込んであげてください。
あなたに一粒、子供に一粒。一緒に飲み込んであげましょう。きっと安心感が増すことと思います。
言葉に頼らないコミュニケーション
また、確かな実感を与えるものとして手を包み込んだり、頭を撫でてやったり。
言葉では伝えきれない想いでも、視覚や触覚を通じて生の感覚として伝えることならできるかもしれません。
子どもの言語理解について確かな知見を有する訳ではありませんが、年少であればあるほど、言葉以外のコミュニケーションを重視する必要があるように思われます。
逆に、年を重ねれば重ねる程、大人になればなるほど言葉による指示に頼ってしまう場面が増えてしまいがち。
親が子どもを信頼するためにできることは少しも難しいことではなく、「言葉に依らず寄り添おう」という意志にあるのかもしれません。
安易な診断と治療は避けるべき?
投薬の前にできること
製薬業界がマーケティングに心血を注ぐ昨今では、子供に対しても「不安障害」や「パニック障害」などの診断と、抗不安薬、抗うつ薬などの投薬が行われる場合があるようです。
薬物療法よりも、接し方を変えてみることが重要な場合があります。また、薬物療法を一度始めてしまうと、やめるという決断が難しくなる可能性さえあります。
もちろん、日常生活に支障をきたすほどの不安を抱える子供に対して専門医が必要と見なす治療であれば、それを否定しようというものではありません。
しかし、プラセボ効果による不安の軽減を試みることは一つの選択肢としてあってもいいように思います。
もちろん、プラセボ製薬の「プラセプラス」には不安を軽減させるような成分は含みません。
単なるプラセボであり、不安に対処するための初手として使うことも可能なただのプラセボです。予めご了承ください。
親が子に寄せる信頼感
- 子どもの不安症的傾向を、脳内生理活性物質のバランスに還元して理解したいですか?
- 我が子の脳が異常で、治療が必要な病気だと信じたい?
- 治療を選択した結果、子供に信頼を寄せることができるでしょうか?
本当に?
もし医薬品によって何らかのカイゼンを認めたとして、条件付きの信用を生涯抱き続けるのでしょうか。薬が無ければ崩れ去ってしまう信用を?
…と不安にさせる煽り文句も、ここでは不要でしょう。
無条件に信頼することは、簡単なことではありません。
しかし、人生の本当の価値がそこに見出されるのだとすれば、信頼を寄せる試みがあってもよいのではないでしょうか。
もしプラセボでお子さんの様子に何らかの良き変化がみられたら、それはお子さん自信が本来持つ力を発揮したのだと信頼を寄せることができるでしょう。
信頼感に基づく関係性を、プラセボと共に。