スタチン系薬剤の副作用・有害事象とノセボ効果の関係

2020年11月に医学誌『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』で公開されたスタチン系薬剤の副作用とノセボ効果に関する下記の論文が英国メディアで話題になっています。

N-of-1 Trial of a Statin, Placebo, or No Treatment to Assess Side Effects
Wood FA, et al. N Engl J Med. 2020;doi:10.1056/NEJMc2031173.

「SAMSON試験」と名付けられた臨床試験に基づく研究報告です。

英国メディアでの扱い

論文の著者および調査対象者がイギリスの方であったため英国メディアで大きく扱われています。

【BBC】
Most statin problems caused by mysterious ‘nocebo effect’, study suggests

【The Gurdian】
‘Nocebo effect’ cause of most statin side-effects, study suggests

また研究者へのインタビュー動画がこちら。

【Medscape】
SAMSON Trial Makes Its Case to Cut Statin Side Effects

さらには所属機関の公式YouTubeチャンネルで紹介する音声主体動画も。

【Imperial College London/YouTube】
Podcast: Statin side effects, vaccine latest and pandemic politics

熱心な広報活動が実施されているようです。


本記事では、論文著者の一人が属する研究機関「インペリアル・カレッジ・ヘルスケアNHSトラスト(Imperial College Healthcare NHS Trust;病院や地域の医療サービスの運営母体の1つ)」の広報サイトを参考に、論文の内容を概説します。

Patients taking statins experience similar side effects from placebo
(16th Nov 2020)

https://www.imperial.nhs.uk/about-us/news/statins-and-placebo-study-findings

論文の背景

スタチン系薬剤と副作用

「○○スタチン」という名称の医薬品は日本国内での服用者も多く、血中のコレステロールを下げる薬としてご存知の方もおられるでしょう。

血中コレステロール値を下げることで動脈硬化や心血管疾患のリスクを低下させる脂質異常症治療薬として、英国では700~800万人の服用者がいるようです。

スタチン系薬剤では筋肉痛、疲労、関節痛などの副作用が報告され、服用者の5分の1の患者が副作用を理由に服用を中止したり、拒否したりしている現状がありました。

ノセボ効果と副作用

一般に副作用の原因は複雑で、医薬品の薬理作用が原因として特定される場合もありますが、そうでない場合も多々あります。医療現場において副作用を「薬との相性が悪かった」などと曖昧な言葉で説明するのは、副作用の原因特定が難しいためです。

また薬理作用のある化合物を含まないプラセボ(偽薬)を服用した際に有害事象が報告されることもあり、「ノセボ効果」と呼ばれています。

プラセボ服用による有益事象たる「プラセボ効果」と、プラセボ服用による有害事象たる「ノセボ効果」。これらは医療の現場において投薬治療を含むあらゆる医学的処置の効果を左右しており、その処置の真の効果だけを評価することを難しくしています。

今回紹介する論文は「ノセボ効果」を「患者の負の期待によって生じる有害事象」と捉え、医薬品服用後の副作用報告に関して「ノセボ効果」が原因となる割合を研究したものです。

結果要約

研究の結果は以下のように要約されています。

「スタチン服用歴があり、投薬治療を中止していた60人の患者を対象とした臨床試験では、プラセボを服用したときの副作用症状は、スタチンを服用したときに経験した症状の約90%の強度であることが明らかになった。」

方法

被験者

研究チームは2016年6月から2019年3月までの期間に、スタチン系薬剤の服用経験があるものの副作用のために服薬を中止した37歳から79歳の患者60人を募集した。

服薬

試験期間中、患者にはスタチンが入ったボトル4本、プラセボが入ったボトル4本、空のボトル4本、計12本のボトルが順番に無作為で処方され、1か月で1ボトルを使用するかたち(空ボトルの場合は服用なし)で1年間に渡って服用した。つまり、8カ月間、患者は見分けのつかないスタチンとプラセボ錠剤を盲検化して服用し、4カ月間は何も服用しなかった。

症状の評価

患者はこれらのボトルをランダムな順番で服用し、日常的に経験したあらゆる副作用について、0から100(「症状なし」から「想像しうる最悪の症状」)までのスコアをスマートフォン上でつけることを求められた。60人の患者のうち49人が、12ヶ月間の試験をすべて終了した。

結果

評価結果

60人の患者のうち、平均症状強度スコアは、無投薬期間中は8、プラセボ期間中は15.4、スタチン期間中は16.3だった。

試験を終了した49人の参加者のうち24人は、試験の少なくとも1カ月間、耐え難い副作用のために早期に錠剤を中止しており、合計71回の中止があった。71回の中止のうち、31回がプラセボ投与月に、40回がスタチン投与月に発生した。

試験終了から6ヵ月後には、30人の患者がスタチン系薬剤の投与を再開することに成功し、4人の患者が再開を予定していた。 25人の患者はスタチン投与を受けておらず、スタチン投与を再開する予定もなかった。

結果を受けて

日々の実践の中で

「負の期待によって副作用が生じるとしたら。薬物の化学的作用とは関係のない事象を副作用だと認識しているのだとしたら。より良い投薬治療のあり方はどのようなものであるべきだろう?」

医師、薬剤師、看護師など日常的に投薬に携わる医療職にとって、こうした疑問への答えは日々の行動に影響を及ぼします。

研究者は「患者に薬の服用や継続を促すための一つの方法は、医師が患者にノセボ効果について説明することである。より重度の場合には、患者は対話療法へ差し向けられる可能性があります。」と述べています。

ノセボ効果の存在を明らかにすることで、副作用症状と服薬中の医薬品を短絡的に関連付けがちな患者の想定を予めずらしておきたいということでしょうか。

詐病的扱いへの懸念

ただ一つ懸念があるとすれば、何らかの副作用を訴える患者に対して医療従事者が「それは単なるノセボ効果だ」と軽んじて考える原因になりかねないという点です。

患者の訴える(主観的)症状は、たとえそれがノセボ効果に由来するものであるとしても、患者自身が実際に経験している症状だという認識を保持しておく必要がありそうです。

さらなる研究に向けて

今回用いられたスマートフォンによる症状の記録という手法は、患者自身が個別に症状と服用薬剤との関連性を振り返ることができる点で優れており、「N-of-1 Trial of(一人を対象とした試験デザインの)…」という表題にもそれを強調する意志が表れています。

それゆえ、個々の患者が試験終了後に自分自身の報告データを振り返り参照し納得した上で服用再開できたか否かは、本研究における重要な成果基準と捉えられました。

もちろん「服用再開」が成果だと認識するためには、脂質異常症(高脂血症)の高リスク患者にとってはスタチン系薬剤の服用継続がリスク低減に寄与することが前提されており、研究者もそうした点を強調しているようです。

今回はスタチン系薬剤の副作用を対象としていましたが、研究者らは今後、心疾患治療薬として血圧を下げる目的で投与されるβ遮断薬の症状を対象として調査・研究する予定です。

関連論文

2020年11月、上記論文と同時期にアメリカ心臓協会(AHA)の学会誌『Circulation』でも、スタチン系薬剤とノセボ効果に関する以下の内容が掲載されました。

Abstract 16041: Examining the Nocebo Effect of Statins Using Statin Adverse Events Reported in the FDA Adverse Event Reporting System
https://www.ahajournals.org/doi/abs/10.1161/circ.142.suppl_3.16041

スタチン系薬剤について、服用後に生じた有害事象の報告数をいくつかの観点別に評価したもの。

有害事象(adverse events):疲労、主観的筋系AE、神経系AEなどの主観的AE。肝性AEと客観的筋系AEの客観的AE。

薬剤:アトルバスタチン、ロバスタチン、プラバスタチン、ロスバスタチン、シンバスタチン

国別

性別

有害事象は国や性別、また薬剤によって違いがあったようです。