2019年現在、科研費データベース上で慶應義塾大学薬学部が関与するプラセボ効果研究には以下のようなものがあります。
研究期間(年度) | 研究課題 |
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2012 – 2013 | 高齢者の活動余命生活を支援する会話型知的ヘルスケア情報システム |
2012 – 2014 | プラセボ効果の解析と新規服薬カウンセリング療法への展開 |
2015 – 2017 | プラセボ効果の個体間変動要因の解析と効果的カウンセリングへの応用 |
2018 – 2020 | プラセボ効果の個体間変動要因:プラセボームとパーソナリティ解析による個別薬物療法 |
研究代表者
中島 恵美
Wikipediaによれば、2016年には慶應義塾大学薬学部薬剤学講座の教授を退官されています。
井澤 美苗
上記の中島恵美氏が共立薬科大学の教授だった頃から共に研究されており、プラセボ効果関連の研究は井澤氏に引き継がれたものと思われます。
科研費データベースによれば、中島教授の退官後は慶應義塾大学薬学部の病院薬学講座にて、青森達准教授、望月眞弓特任教授(有期)らとともにプラセボ効果研究を実施中。
研究紹介
2012-2013
高齢者の活動余命生活を支援する会話型知的ヘルスケア情報システム
研究成果報告書(PDF)より抜粋。ここでは具体的な課題として挙げられた「知的会話システム」には触れません。
- 申請者の中島は服薬指導と個別化医療を研究してきたが、薬の血中濃度では説明できない薬理効果の個別化予想に限界があった。
- プラセボ効果は、長く、非科学的で実態(実体?)がなく、意味がないとされ、実験的研究の対象外に置かれていた。プラセボ効果の「発生、維持、消失」の過程解明について、研究に取り組む糸口すら見つけられていなかった。
薬理学的(科学的)に説明できない医療の一面を発見したことを動機としてプラセボ効果に興味を抱き、これまでのプラセボ効果の捉え方に疑義を呈しています。
- 2011年、「前頭前野における活動の左右差(Laterality Index)がアルコールのダメージの大きさと関連する」ことを発見した。Laterality Indexを用いて「能動的真理を引き出すメンタルケアシステムの開発」が可能であるとの着想に至った。
- 薬理効果を変動させる心的制御機構の脳科学的解析が進んだ。その中で『プラセボ効果は、「期待」と「条件付け」による高度な脳活動に因るものである』と指摘されている。治癒力を高める心理効果の存在が明らかになるとともに、治療におけるプラセボ効果の有効利用が論じられていた。
自身の着想と他者の研究成果を組み合わせ、新たな研究を構想されたようです。
ただ、プラセボ効果という概念そのものに関する深い考察が為された形跡はなく、「誰かがこう言っている」で済ませた報告書の記載からはプラセボ効果自体の深い理解を得たいという動機が薄まっているように見受けられました。
- 今後、薬の処方において、患者の心理社会的ケアがより重要になると考えられる。実際に、実薬の効果に勝るプラセボ効果も多くみられる。この理由として、五感による主観的評価ではプラセボ効果を過大評価してしまうことが考えられる。
- 検査値などの客観的評価にもプラセボ効果は認められる。更に、痛みなど被験者の五感による主観的評価項目を用いた場合、プラセボ効果はより強く現れた。
本研究のメインテーマがプラセボ効果ではなかったにせよ、「主観的評価ではプラセボ効果を過大評価してしまう」などと表現している内はプラセボ効果を理解できないのではないかと思います。
2012-2014
研究成果報告書(PDF)より。
光トポグラフィー(NIRS)と呼ばれる脳科学的手法を客観的指標として、小規模なヒト臨床試験を複数実施。NIRS、NIRS、NIRS。
芳香療法(アロマテラピー)やドリンク剤について、カウンセリングの有無が結果を左右するか検証。さらに、カフェインを用いた条件づけ実験を実施。
また他者のプラセボ効果研究から、以下の成果を引用。
- レスポンダーとノンレスポンダー
- 期待と条件付け
- セロトニントランスポーター遺伝子多型
- 扁桃体活性
- ワーキングメモリ
プラセボ効果をメインテーマに据えた以後の研究は、海外の成果を日本に適用してみるという方針で実施されています。
2015-2017
プラセボ効果の個体間変動要因の解析と効果的カウンセリングへの応用
研究成果報告書(PDF)より引用。
- 海外では脳内化学伝達物質の遺伝子多型でプラセボレスポンダーとノンレスポンダーを区別するプラセボーム研究が広まっている。セロトニントランスポーター(5-HTT)遺伝子多型のlong-allele homo-genotypeの型を持つヒトはプラセボ効果が高いとされている。
- 一方、日本におけるプラセボーム研究は皆無である。また5-HTT遺伝子多型の頻度には人種差があり、long-allele homo-genotypeの型を持つ日本人は少なく、欧米人と逆転している。我々は日本人での遺伝子多型の検討は重要と考え、5-HTT遺伝子多型に着目した。
実際に、日本人を被験者として2つの臨床試験を実施。ただし、本研究で示される解釈にはかなり多くの仮定(○○であれば△△)が正しい前提として組み込まれており、理解を阻む。
より丁寧な解説は各年度の実施状況報告書を参照のこと。
今後は5-HTTだけでなく、カテコール-o-メチルトランスフェラーゼ(COMT)の遺伝子多型にも注目し、日本人のプラセボーム研究を推進するとのこと。
2018-2020
プラセボ効果の個体間変動要因:プラセボームとパーソナリティ解析による個別薬物療法
2019年現在、研究継続中。