超・近代西洋医学は伝統医学(非科学)と見分けがつかない

現代医学の中心的な考え方は、近代西洋医学と呼べるものです。近代西洋医学とは要するに、科学に基づく考え方をする医学のこと。現代医学は意思決定の最重要基準として科学を採用しているというわけです。

そのため医学のあり方が現代から先の未来においてどう変化していくかを予想するには、科学がこの先どう変化していくかの考察が何より重要でしょう。

科学についての考察

さて、では科学の考え方とはどのようなものでしょうか。一言で言えば、未来予知を可能にするための考え方が科学です。

再現性は未来予知につながる性質

同じ対象に、同じ操作を加えれば、同じ結果を得る。

こうした情報を得るための方法が科学であり、こうした情報の持つ性質は「再現性」と呼ばれます。再現性のある情報を利用すれば、現在時点で何らかの企てを為すことにより未来において狙った結果を生じさせることができるでしょう。

将来を先んじて知ることのできる未来予知的願望は、もちろん科学以前にもありそれに応える手法(占いなど)も開発されていましたが、予知の当否という観点からみれば科学の未来予知力は空前の確度を持っているように見受けられます。

再現性から派生する同定、分類の営み

再現性に関する以下の記載において、再現性という性質を何らかの目的で活用するために重要な点は何でしょうか。

同じ対象に、同じ操作を加えれば、同じ結果を得る。

「同じ対象」、「同じ操作」、「同じ結果」。再現性を説明するために重要なのは、こうした「同じ○○」として表現できる事柄です。科学の営みが力を注ぐのは、「同じ○○」を見出し保証する方法の開発に他なりません。

「同じ○○」を見出し保証する方法の開発、同時にそれは「同じでない○○」を見出し保証する方法の開発でもあります。「同じ」が保証されないなら、「同じでない」と考えるのが妥当だからです。

同じを同じと示す「同定」という手続き。そして、同じでないものを同じでないとして記録する「分類」という手続き。いずれもが科学の営みにおいて重要な位置を占めています。

こうした科学的概念は、「診断」や「鑑別」といった言葉で近代西洋医学の世界でも重視されています。なぜなら近代西洋医学は科学に基づいて物事を判断する医学体系だからです。

時間・空間・文化を超える科学

再現性、ひいては未来予知の可能性こそが科学に求められる性質だ。とすれば、以下の記載には不十分な点があります。

同じ対象に、同じ操作を加えれば、同じ結果を得る。

この記述では「いま、ここ」で再現できるだけかもしれません。科学がその他のどの体系よりも優れた未来予知能力を有するものだと認識されるためには、より広範で強力な応用範囲を持つ情報が必要でしょう。

いつでも、どこでも、誰でも、
同じ対象に、同じ操作を加えれば、同じ結果を得る。

時代や地理を超越し、文化的背景や属人的な性質をも超えて結果を再現する。科学がこうした情報を独占的に見出せるのであれば、その他のどのような営みも未来予知の確度という点では太刀打ちできないでしょう。個人が科学知識を独占的に持っていれば、他者に優先して人生上の目的を達成することさえできるかもしれません。

医学という観点から、科学知識の時代を超えた有用性を伝える『JIN』という物語があります。現代医学に精通しながら江戸時代にタイムスリップした医師の物語は、科学が持つ力の一端をありありと示しています。

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客観性の導入

以上のような、時間・空間・文化を超えた再現性を有する情報を見出す営みが科学です。したがって科学における客観性の定義は、次のようなものになるでしょう。

いつでも、どこでも、誰でも、同じ○○を少なくとも2つ用意できる

こうした客観性の手続き的な定義では、宣言的な定義の試みがもたらす哲学的議論(「真の客観は存在するか?」など)を上手に回避できます。

科学的客観性とは、同じものや性質や操作を少なくとも2つ用意できること。こうした理解は、現代医学のパラダイムを形成しています。しかし多くの場合にそれは「当たり前すぎる」という理由によって軽視されがちです。

近代西洋医学についての考察

さて、現代医学における最大勢力たる近代西洋医学は科学に依拠する医学なのでした。再現性を有する情報が判断の決め手となり、患者の未来の状態を変化させるため現在に強く焦点を当てたアプローチこそが治療法として選択されます。

単一疾患、単一原因、単一療法

科学にとっての客観性は、同じ○○を用意できるということだと説明しました。これは近代西洋医学における疾患に関しても適用されます。身体や精神に関してある二つの状態を同じ疾患だと指摘できる、すなわち診断・鑑別の可能な現象のみが疾患だというわけです。

個々の患者にはそれぞれ違いがありますが、科学の対象となる疾患は同じでなければなりません。あらゆる観点からみて「同じ」と主張するのは結構骨が折れる作業です。それは「違う」と主張することよりも難しいものです。したがって近代西洋医学では妥協的に少数の観点から疾患の鑑別を行い、基本的には単一の疾患を治療の対象とします。

また同様の状況は疾患の原因追及(病理学的研究)でも生じます。単一の疾患に、単一の原因。再現性を担保するために科学が採用した客観性の基準に当てはめると、「同じ疾患」に「同じ原因」を同定できることこそが重要です。そうでなければ、科学の対象とは見なせないからです。

もちろん治療方針も同様です。単一の原因に、単一の治療法。これこそが客観性を有した、科学的治療法だからです。

再現性の追求がもたらす帰結

再現性とは「同じ○○」の重ね合わせによって表現される性質でした。ある二つの事柄が「同じ」だと保証しやすいのは、それが少数の観点のみで比較すれば事足りるとわかっているか、信じ込める場合です。

科学が再現性を追求する時に生じるのは、この「同じ」を保証することに関する問題です。それは、できる限り少数の要因で物事が説明できるという信念に他なりません。

単一疾患、単一原因、単一療法。この関係性をできるだけ崩さないように練り上げられ組み上げられ、そして歪まされてきたのが近代西洋医学だというわけです。

なお、こうした体系で取り扱いの難しい事象は「不定愁訴」あるいは「一次性・原発性・特発性・本態性疾患」として一括りにされる傾向があります。また近年では「Medically Unexplained Symptoms(MUS; 医学的に説明できない症状)」などと表現されることもあります。

超・近代西洋医学に関する考察

医学の未来を見据えたければ、科学の未来を見据えればよい。この仮定のもとに、近代西洋医学を超えた何かを夢想してみましょう。

超近代の見通し

医学体系基礎となる科学
超・近代西洋高次元科学
近代西洋低次元科学
伝統非科学

科学と次元

上表では近代西洋医学が基礎としているのは「低次元科学」だとしました。これはレトロニムです。

レトロニム(英語: retronym)あるいは再命名とは、ある言葉の意味が時代とともに拡張された、あるいは変化した場合に、古い意味の範囲を特定的に表すために後から考案された言葉のことを指す。

レトロニム – Wikipedia

ここでいう次元とは、「同じ○○」だと判断するために考慮すべき基準の数だと考えてください。「同じ○○」だと判断するために少数の基準で済むことをルールとしているのが低次元科学の特徴です。

一方「高次元科学」においては、「同じ○○」だと判断するために極めて多数の観点を導入します。これは深層学習(ディープラーニング)の応用に注力する人工知能(AI)研究者が提唱する新しい科学の形です。詳細は以下のリンク先をご覧ください。

高次元科学への誘い
https://japan.cnet.com/blog/maruyama/2019/05/01/entry_30022958/

低次元科学と高次元科学。二つの科学がもたらす情報に関する共通点は、再現性があることです。一方で大きな違いは、その情報を人間に理解可能な形で示せるか否かです。高次元科学は「人間には理解できない科学」かもしれません。

超・近代と伝統医学

本記事のタイトル「超・近代西洋医学は伝統医学(非科学)と見分けがつかない」は意図的に抜かした表現があります。

近代西洋医学パラダイムの内部から見れば、超・近代西洋医学は伝統医学(非科学)と見分けがつかない。

超・近代も伝統医学も、非・近代西洋医学であるという意味では同じカテゴリに属するものです。したがってそれらは、近代西洋医学的観点からすればいずれも多分に問題含みで受け容れがたい考え方でしかありません。

プラセボ対照、二重盲検法、ランダム化。統計的仮説検定。こうした手法は全て近代西洋医学が基礎とする低次元科学的発想に基づくものです。

超・近代西洋医学とは、こうした手法が使えないか、少なくとも何らかの改変が求められる医学です。現在の医学体系が蓄積したエビデンスをあらかた崩し、新たに豊かな体系を創造するポテンシャルを秘めている…かもしれません。

医療制度改革の方向性

ここでは「超・近代西洋医学」と称した新たな医学のあり方を考察しました。実は既に医療制度改革を主導する立場からは、こうした発想を(暗に)含む改革案が立案され実施されようとしています。

例えば、再生医療分野における早期承認制度です。当の制度ではプラセボ効果をも活用するという意図が込められているように感じます。

それは「人間に理解できる範囲で疾患治療を完遂したい」という近代的で単一要因志向な考え方から、「疾患を有する患者の背景にある複雑さをも考慮して、人間に理解できる範囲を超えた複雑な治療でも患者の利益に適うなら提供したい」という超・近代的な複雑要因志向への転換と言えるでしょう。

こうした発想の転換が一筋縄ではいくわけはありません。しかし、近代西洋医学が未だ感染症治療的な単一要因パラダイムから抜け出せず、認知症や生活習慣病やがんといった複数要因が絡み合う疾患に有効な手立てを見出せていないのも事実です。

未来の医療制度を考えるには、現状の問題を実直に見つめ、発想を転換しなければなりません。

ただし、ここで一つだけ懸念を表明しておきます。

高次元科学が確立される前に導入される先進的な医療制度では、そこで採用される医療行為が高次元科学に基づくのか非科学なのか判断のしようがありません。低次元科学信奉者にとっては言い訳としか聞こえない説明もそこそこに、制度が先に導入され、医療行為が導入され、後付けの高次元科学的な説明がなされることになる…はず。これは高次元科学信奉者による賭け、なのかもしれません。

占いで見通す医療の未来

医療の未来を占うとき(それはまさに「占い」でしかありませんが)、科学の未来について考えてみる必要があります。今、私たちが「科学」と呼んでいるそれはいったい何なのか。

まずはプラセボ効果から

その秘密を明らかにするのは、プラセボ効果だ。低次元科学の巧妙な手法が無価値と見なすあれやこれやがプラセボ効果を生じさせる要因だ。

もう少し具体化してみましょう。

「いつでも」かつ「どこでも」かつ「誰でも」は「同じ」だと主張できない、すなわち非客観的な「対象」や「行為」は科学の範疇外にあり、これらを原因として生じる現象がプラセボ効果の要因だ。

そう主張するのが『僕は偽薬を売ることにした』です。当たるも八卦当たらぬも八卦。ぜひご一読ください。

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医学体系とプラセボ効果

本記事で登場した各医学体系がプラセボ効果をどのように捉えることになるのか。表にまとめてみました。

医学体系プラセボ効果に対する態度
超・近代西洋活用する
近代西洋排除したい
伝統認識しない

プラセボ効果こそが医学体系を的確に捉え前進させるカギになることを願いつつ。