小児の不安症に対する臨床試験でプラセボ効果を抑える方法?

医薬品の開発には多大な人材とお金と時間を投資して、なおかつ最後の最後は神頼みというところがあります。

創薬事業がギャンブルや博打、運頼みと呼ばれる所以です。

製薬会社が医薬品を製造・販売するためには、医薬品開発の最終段階で治療対象疾患を有する人に対して治験を実施し、プラセボより効果が上回っていることを統計的に証明しなければなりませんが、プラセボ効果が出過ぎちゃって(?)当該医薬品の効果が見られないこともしばしばなのです。

プラセボ効果をコントロールしたい

プラセボの話題においてコントロールは「対照」の意味に用いられることが多いのですが、ここでは「制御」の意味で用います。

さて、上記のような医薬品開発の最終段階で起こる問題の解決策として、以下のようなことが考えられます。

プラセボ効果を思うがままに制御したり抑え込むことが出来れば、新規医薬品開発はより容易に、より迅速になる(…はず)

過去の研究

プラセボ効果が出やすい人を事前に予測して治験の対象から除外する手法が結構真剣に検討されています。

ただしこの手法には問題点がいくつかあって、特に「対象者を絞って効果判定を行った医薬品は、その絞込みに掛かる対象者にしか効果を証明できない&投与できない」というのは大きな問題でしょう。

その医薬品を使う場合には、例えばある特定の遺伝子配列中に特殊なDNA配列がある(または、ない)ことを調べないといけなくなるということです。

遺伝子以外の要因

ごく個人的な属性である遺伝子配列がその人にとっての薬の効き方や相性を左右するという考え方は、特に引っかかることもなくすんなりと受け入れることができるのではないかと思います。

では、他の要因はどうでしょうか。

もし治験に係る何らかの特定の要因がプラセボ反応性に影響を与えるとしたら?

そんな疑問に基づく研究成果が2016年に発表されました。

小児の不安症例

Dobson Eric T. and Strawn Jeffrey R.. Journal of Child and Adolescent Psychopharmacology. March 2016, ahead of print. doi:10.1089/cap.2015.0192.

アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ大学の研究者とシンシナティ・チルドレンズ病院の医師によるランダム化比較試験(RCT)のメタアナリシスでは、試験デザインが試験結果に及ぼす影響が調査されました。

先程見たような、遺伝子(のような属人的要素)がプラセボ反応性(のような属人的要素)を決めるというお話には誰もが納得できるはず。

ですが、果たして試験デザイン(のような非属人的要素)が試験結果(のような属人的要素の集合)を左右するのか?あるいは、左右するなんてことができるのか?

非常に興味深い。

研究の概略

ここでは概略を述べるのみに留めます。より詳細な情報上記ウェブサイト(英語)でご確認ください。

目的:若年者の不安障害を対象とするプラセボ対照試験において、プラセボ反応を予言する、影響を与える要素を探索すること。

方法:過去の臨床試験における公開データを用いて詳細な統計解析を実施する。

結果:2,330人の患者と9種類の医薬品を対象とした14の臨床試験データが対象となった。

結果の詳細は以下の通り。

高いプラセボ反応性と相関のある要素は、「試験参加施設数が多いこと」と「施設当たりの患者数が少ないこと」。

プラセボ中途脱落率は「公表が最近であること」で上昇し、「治験のための来院回数」でもあがる傾向。

一方、低いプラセボ反応性と相関のある要素は、「連邦政府に資金提供されたこと」と「アメリカ国内で指揮されたこと」、それに「主要評価項目で顕著な効果を検出する可能性」。

加えて、参加患者の多数が社会不安障害の診断を受けている試験は低いプラセボ反応率を示した。

さらに、試験期間中、ずっと効果量は減少し続けた。

[—–結果ここまで—–]

結論:プラセボ反応性は確かに試験デザインによって影響されるので、例えば試験参加施設を絞って、施設当たりの対象患者数を増やせば、よりプラセボ効果の影響を受けにくい試験になって、医薬品の効果を見極めやすくなるかもしれない。

考察

これは結構面白い研究で、「なぜそうなるのか?」に踏み込むことの難しい結果が出ています。

極々個人的な「遺伝子」ではなく、またより広範な(それでいてプラセボ反応性と相関があるとされる)「人種」のようなものでもなく、「試験デザイン」という理想的な状況では結果に影響を及ぼすとは考えられないものが実際に影響を及ぼしていることを明らかにしました。

Why?

なぜかはわかりません。今のところ科学の言葉で説明はできないのです。

偽の…いや、人為(じんい)がその原因の一つかもしれませんが、明らかなことは何もわかりません。

しかし、それが現象として観察される場合、その観察を疑うことなく、取り敢えずは受け入れることで見えてくる何かがあります。

そもそも「プラセボ効果」という概念自体が、科学的説明のできない現象を無理繰り説明するために創出された説明原理だったりしますので。

さらに言えば、「小児の不安症」だからこその結果なのか、あるいはその他の症例においても似たような現象が見出されるのか興味は尽きないところ。

プラセボ効果の利活用

製薬企業・臨床試験に関わる医療機関においては上記のような研究を通じて、なんとか新規薬効成分を見出してやろうとする努力が必死に続けられています。

一方、プラセボ効果が世界的にビッグなファーマたちを困らせるほどのものなら、いっそのことそれを積極的に利用・活用・応用してしまえば、より良き医療のあり方を見出すことさえできるかもしれません。

今後ともプラセボ製薬では、そうした利活用の方法について考えてみたいと思います。