脳循環代謝改善薬の事例は全薬学生の必修科目

薬学部への進学を目指す受験生と現役薬学部生、あるいは薬学部卒業生の皆様。

現在の薬学部教育においては恐らく教えてもらえない、けれども、とっても大事な日本の薬学の歴史に関する講義をお届けいたします。

早速ですが、脳循環代謝改善薬はご存知ですか?

脳循環代謝改善薬

この耳慣れぬ言葉は、「高齢者の脳機能を改善させる」との謳い文句で十年ほど前まで実際に販売されていた薬です。

  • アバン
  • カラン
  • エレン
  • セレポート
  • ホパテ

1980年代に日本だけで次々と承認されたこれらの脳循環代謝改善薬は、現在販売されていないどころか、承認すら取り消されてしまっています。

なぜか?

再試験の結果、プラセボに対して優位性を示せなかったから。

夢の薬は、本当に夢だったのでした。

なぜ再試験となったのか?

医薬品は、承認という国のお墨付きが無ければ販売できません。ではどうすれば承認が得られるのかと言えば、臨床試験によって有効性を示すことが最低限必要になります。

したがって、一度承認を受けた医薬品は国(現在は厚生労働省)から有効性のお墨付きをもらったも同然。再試験になることなんて、あまり考えられません。効果に対する疑いだけで再試験になることはないのです。

しかし、脳循環代謝改善薬は再試験を受けることとなってしまいました。なぜでしょうか?

それは、面白いことに、売れ過ぎたためだと言われています。

売り上げと公的保険財政

1990年代、脳循環代謝改善薬という医薬品カテゴリーから年間約2000億円の売り上げが上がりました。発売開始からの総計では1兆円を超えたとされています。

医薬品の購入は、患者がその全額を負担するわけではありません。患者が一部を負担し、残りは健康保険や国庫(税金)から補填されます。

したがって、薬が売れ過ぎると国や自治体の財政が悪化する事態となってしまうのです。

これを重く見た当時の大蔵省(現、財務省)は、以前より効果に疑いが持たれていた脳循環代謝改善薬の再試験を厚生省(現、厚生労働省)に要請しました。

最初は渋っていた厚生省も、不承不承といった様子で再試験をしてみると…冒頭で言った通り「脳循環代謝改善薬はプラセボに対して優位性を示せなかった」ため、承認を取り下げざるを得なくなったのです。

なぜ脳循環代謝改善薬だけがバレたのか?

効果に疑いのある薬が数ある中で、なぜ脳循環代謝改善薬だけがバレたのでしょうか。

その理由を考えてみることは、製薬企業で働く将来のあなたの悩みを軽くさせるかもしれません。あるいは、将来の選択さえ変えてしまうかもしれません。

出る杭は打たれる。それもある。

しかしもう一つ、製薬会社がでっち上げた勝手な理論もその大きな理由かもしれません。

脳内の循環や代謝を改善すれば認知症は治る/なりにくいよ!

本当に?

作用と価値判断の別

現在売上高上位にランキングされる降圧剤などは、その作用(あるいは副作用)にしっかりとした分子生物学的根拠があります。

生物が持つ仕組みを巧みに利用/阻害してその効果を発揮するため、ほぼ疑いなく効果があります。

きっとこれらの輝かしい歴史や詳細な機序は、薬学部の授業で耳にタコができる程聞かされ、試験で問われる事でしょう。

薬学部に入学してから、しっかりと勉強してください。

ただし、次のことは頭の片隅に置いておかなければなりません。

降圧剤を例に挙げれば、「血圧を下げること」を「改善」と見なすのは、当の製薬会社自身です。

もちろん疫学的な調査から、「高血圧患者は○○になりやすい」などの結果が得られていたとしても、「血圧を薬で下げればよい」、「薬で血圧を下げるのは良いこと」と判断するのは降圧剤を販売しようとする製薬会社なのです。

血圧の高低は、血管の硬さを示す重要な兆候かもしれません。それ、本当に下げただけで大丈夫ですか?

価値判断を示すのは誰か。

製薬企業で研究職/開発職に就いた将来のあなたかもしれません。売れる薬を創るために脳循環代謝改善薬の失敗例からも教訓が得られるはず。

薬学部でしっかりと勉強してください。しかし、製薬業界や薬剤師業界の論理に染まる必要なんてさらさらありません。

有効性のなさに関する注意

脳循環代謝改善薬はプラセボに対して優位性を示せないことから、有効性がないとされています。しかし、プラセボ効果がない訳ではもちろんありません。

「プラセボより有効でない」ことと「プラセボが有効でない」ことの違いについても、ぜひ一度考えてみてください。

参考文献

本稿の記載は『なぜうつ病の人が増えたのか』 (幻冬舎ルネッサンス新書)を参考とさせていただきました。

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