検索サイト経由で来られている方の一部で「どのような検索ワードで辿り着いたか」を解析していると、世間には本当に様々な検索キーワードがあるものよなと感心頻りなのですが、中には哲学的と言いますか、「うぅむ」と唸ってしまうものもあったりして。
「腸液 なぜアルカリ」
そんなキーワードでの他記事へのアクセスがありまして。
考え込んでしまいましたよね。
「腸液 なぜアルカリ?」
肛門(おしりの穴)の秘密はね?
お腹が冷えて下痢しちゃうのは、お腹周辺を温めるためかもね?という仮説を提示する記事で、おまけ的に以下のような記載をしています。
- 下痢するとおしりの穴がヒリヒリと痛むことがあるけれど、あれって腸液がアルカリ性だからなんだって!
- アルカリ性だと、肛門まわりの皮膚というかタンパク質が溶けちゃうんだって!ちょう怖いんですけど~
下痢の際にお尻が痛むのはなぜだ?
それは、腸液がアルカリ性だからだ。(完)
どうしてアルカリ性?
残念ながら、上記記事においては「腸液 なぜアルカリ?」の問いを抱えてアクセスしてくださった方へ直接的な回答を示すことができていません。
アルカリ性であることの原因や理由、生理学的な意図を示すことが出来ていないからです。
では「なぜアルカリ?」の答えとしてどのようなものが考えられるでしょうか?
原因論的解答
腸液がアルカリ性であることの「原因」について考えてみましょう。
溶媒と溶質
アルカリ性であるとは、水素イオン濃度の値を示すpHが7より大きいことを示しています。
水がpH7であることと、生物の体の大半が水で出来ていることを考え合わせれば、水に何かが溶け込んだために水素イオン濃度が下がった(pHが上がった、アルカリ性になった)はず。
インターネット上にも各種体液のイオン組成等は情報がありますが、アルカリ性なのは炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)が存在するせいでしょうか。
腸液は「やや黄色」や「粘稠」などの情報もありますので、その他の溶質が関与している可能性も。
機能論・目的論的解答
機能やその目的からアルカリ性であることを説明することもできるでしょう。
お尻をヒリヒリさせるため
「足の小指がその存在を人間に知らしめるため、たまにタンスの角に自ら敢えてぶつかりにいく」という説があるように、目的論的解釈は想像力をかき立ててくれます。
- 腸液がアルカリ性なのは、蔑ろにされがちな肛門の存在を知らしめるため
- 暴飲暴食など下痢するような行動をとった人間への懲罰
- 人類にウォッシュレット開発を促すため
が、あまり科学的でないので受け容れられないものと思われます。
中和剤
胃液には塩酸を含むため強い酸性を示します。中学や高校の理科の時間に指摘されたように、塩酸の取り扱いには細心の注意が必要です。
塩酸が要注意なのは、カラダを構成するたんぱく質を変性させて元に戻らなくさせる力があるため。皮膚についたり目に入ったりすると、火傷のような状態になったり失明したりする危険性があります。
酸の危険は体内でも同じこと。
胃から肛門へ続く消化管の中を強い酸性の液がそのまま流れて行けば、腸内は荒れ荒れのボロボロ状態になってしまうでしょう。
だから、胃酸を中和するために腸液は(胆汁も膵液も)アルカリ性なのだ。なるほど。
消化酵素を助ける
酵素なるものの実態は、タンパク質です。アミノ酸が数百個ほど連なった巨大な分子であり、食べ物に含まれる成分を分解する働きがあるため消化酵素とも呼ばれています。
この消化酵素にはいくつもの種類がありますが、中にはアルカリ性の環境で最もうまく機能を発揮できる特徴を持った酵素が存在しています。
腸液に含まれ、腸液内で仕事をする酵素にとってはアルカリ性であることが機能発現の要件となっていると考えられます。
だから、消化酵素の働きを促すために、腸液はアルカリ性なのだ。なるほど。
乳酸菌と共に
最近では乳酸菌の健康効果が盛んに喧伝され、乳酸菌飲料を飲んで入れば風邪にだってかかりにくくなる…といった趣旨の宣伝さえなされるようになりました。腸内細菌叢さまさま、というわけです。
ただ、乳酸菌の本領は腸液でヌメる腸内でこそ発揮され、メイン栄養分である糖に関して宿主たる人間と取り合いしながら生活を営んでいます。
糖を取り込み、分解時にエネルギーを獲得し、乳酸菌にとってごみであるところの不要になった乳酸を捨てる。
そう、腸内では消化酵素だけでなく乳酸菌もせっせと働いているのでした。
さてこの乳酸菌の働きですが、不要物として捨てられた乳酸は、その名の通り酸であり水に溶けると酸性を示す物質です。この点が実は曲者で、乳酸菌は酸性の環境では上手くごみを捨てられず、増殖も遅くなることが知られています。
できることなら、職場はアルカリ性の環境であってほしい。
そうした現場労働者の訴えが上長に届き、管理者の心を打ったのかは分かりませんが、都合の良いことに腸液はアルカリ性であり、乳酸菌にとっては最適な職場環境が提供されているのでした。
だから、乳酸菌の働きを促すために、腸液はアルカリ性なのだ。なるほど。
進化論の観点から
上記のような機能や目的のお話は、なんとなく納得する分にはもってこいなのではないでしょうか。
ただ、進化論という観点を摂り入れるならば話は少しだけ違ってきます。
消化酵素の働きを助けるために腸液がアルカリ性となったのではなく、アルカリ性の中でこそ最高のパフォーマンスを発揮する酵素が選択され、それ以外は淘汰されたといえるかもしれません。
また、乳酸菌の働きを促すために腸液がアルカリ性となったのではなく、アルカリ性のなかでも力を発揮できる乳酸菌が腸内に棲みつくようになったのかもしれません。
進化の過程を再現することはできず、今ある現実世界の観察結果からストーリーを紡ぐしかないのですが、ここに示したお話に腹落ち感が得られないのなら、フン詰まりな感じで気持ちが悪いなら、乳酸菌のお薬でも飲みながらご自身で新たなストーリーを創造してみてください。
好奇心が開くセカイの扉
疑問に思ったことをインターネット検索で調べる。解答発見、疑問解消、人生円満。
そうした納得の仕方もあるでしょうが、好奇心に従って、実際に自分で調べてみることも世界を理解する上で一つの有用な手段です。科学者の視点を我が身に向ける。そこには新たな発見があるやもしれません。
腸液の話で言えば、自分の肛門付近やうんちそのもののpHを測ることができるでしょう。中学校でお世話になったリトマス試験紙よりも有能なpH試験紙を購入することができます。
お試しあれ。